#京都府

竹林はるか遠く(7)完結編

兄ヒデの北朝鮮脱出劇の続編に続き、マツムラ伍長の温情、更にはナイド氏の優しさと続き、最終章は兄ヒデヨとの再会です。 後半、貧困の局地にありながらも、数歳年上の姉と二人で生き生きとした十数歳の少女時代を描いた体験談はここで終わっています。 竹…

竹林はるか遠く(5)

外地からの引揚者につきものの困窮が始まりました。 更に母の死。 盆地の京都のしばれる冬の夜。 残された幼いヨーコとコウの十代の二人の姉妹がどのようにして生きてきたのか。 感動と言いましょうか。目頭が熱くなるのは私だけではないでしょう。 ◆ ◆ ◆ ●…

今朝の未明に現われた女性のこと

今朝の午前四時のことですね。 ふとんに入るも寒い。 眠れないのです。 毛布を肩に押し込んで暫らくじっとしていましたが、そのまま眠ったようですが、何故か直ぐに目が覚めました。 相変わらず寒い。 目を閉じていると暗闇の中の向こうから女性が歩いてき…

ほっこり京都人

* --- ** --- * --- ** --- * --- ** --- *--- ** --- * ほっこり京都人 * --- ** --- * --- ** --- * --- ** --- *--- ** --- * はじめに 私が2008年1月から2009年2月までの一年間にこのブログで書いた随筆「ほっこり京都人」を目次にしてみました。 私の…

「東男に京女」の本当の意味

. ≪ほっこり京都人 25≫ . 私の履歴書を書いている途中に、どうしても京都生まれの京都育ちの女性と結婚した男性のことを話しておく必要がありましたので、ここに書きます。 実は私の知り合いで、洛中生まれの洛中育ちのご婦人と結婚した男性で夫婦仲の良い…

戦後の京都を創った二人の首長

《ほっこり京都人 24-④》 残念ですが『第八回 植民地支配の根性まだ抜けていません』の最後の一章を掲載出来なくなりました。 突然、転載しているサイトが閉じられたからです。 さて、彼女達が投票権が無くても一生懸命駈けずりまわった選挙。 戦後の京都…

日本の朝鮮人拉致問題

初めてこの書庫を開いた方は、左上の[ 前の記事へ ] をクリックするか、暦の今日の日付9月19日をクリックするか、又は、ここをクリックして最初の《ほっこり京都人 24-①》からお読み下さい。 《ほっこり京都人 24-③》 第八回 植民地支配の根性まだ抜けて…

京都の根底に流れるもの

今日、初めてこの書庫を開いた方は、左上の「 前の記事へ ] をクリックするか、暦の今日の日付9月19日をクリックするか、又は、ここをクリックして最初の《ほっこり京都人 24-①》からお読み下さい。 さて、 《ほっこり京都人 24-②》 第八回 植民地支配の…

戦前~戦後の京都の街での「在日コリアン」の辛苦

《ほっこり京都人 24-①》 私が京都に来た昭和39年(1964)春、下宿の近所に京都朝鮮中高等学校(左京区北白川)がありました。 下宿の窓の下は通学路で、女学生は民族衣装のチマチョゴリ風制服を着ていましたね。 京都を語る上で欠かせないのが「在日コリ…

京都西山三山・柳谷観音楊谷寺(ようこくじ)の雲

昨夕、久し振りに水無瀬の山の二山西の京都西山三山・柳谷観音楊谷寺(ようこくじ)に上りました。 秋の雲って、じっと観ていますと不思議ですね。 午後5時22分 北西の空 フラミンゴの行進? どういう状況で雲が縦波になるのでしょうかね? 同28分 西の空 雲…

京都とは宗教に名を借りたしごきの場

ほっこり京都人(23) 《いじめが大好きな京都人》 12日の金曜日、山科区役所を出たのが午後四時半。厚い雲間からチラリと陽が覗く。 この時間からでは何処の寺院も閉門時間。黄檗山万福寺の研修所は大丈夫かも。 そこで先ずは万福寺の総門へ。入りますと…

立ち上がる京都・山科区役所の職員

12日金曜日業務を終えて午後三時半出かけました。 息子のパスポートが切れたので戸籍抄本を頼まれたからです。 我等の本籍地の山科区役所(京都市)へ。 隣の町の山崎から京滋バイパスの下を真っ直ぐ東に走りますと25分で宇治平等院近くの宇治大橋。 そこか…

古都とは、色々な人達の想いの地

ほっこり京都人(22) 先日、孫が来た最初の夜は、京都駅前の昔からの旅館に宿泊。 その夜の皆が熟睡していた未明のことだったそうです。 二歳五ヶ月の孫娘が、父親に馬乗りになって、父親のほほの左右を紅葉手でパンパン叩くのだそうです。 父親は目を覚…

京都室町商人の真髄

ほっこり京都人(21) さてさて、 当時、巷では、新規業者登録が絶対に不可能とのうわさの会社がありました。 ガラス関係のN社です。東証二部上場(現在東証一部上場)。場所は本社滋賀工場。 業者登録窓口が経理部。このトップが取締役経理部長。この部長…

京都の男の性癖

ほっこり京都人(20) 当時から京都室町育ちの男性には、不思議と共通している一種の癖がありましたね。 彼等の今の年齢は、もう63歳から88歳でしょうか。 さて、その具体例 ① ホテルでのパーテーで何名かで輪になって話していますと、知人の京男室町人が…

非公開・国指定名勝「対龍山荘」の思い出

ほっこり京都人(19) 非公開・国指定名勝「対龍山荘」の思い出 40年前着物姿で格子戸を開けてくれた女性を探すために、当時を思い起こしました。格子戸と庭に大きな池のある家と言いますと、「市田対龍(たいりゅう)山荘」しか思い出せない! 注)對龍山荘…

京都の女性を妻にした男

ほっこり京都人(18) さてさて、今回は京都の女性を妻としましたお話二つです。 . 《茶寮のお嬢さんの場合》 . 森山さん(仮称)は、京都のD大を卒業後、織物会社(当時本社京都東証一部上場)に入社。 . 彼の人柄を見込んで、マネキン会社の社長が房子さ…

40年前の京都の素敵な人との再会

ほっこり京都人(17) 《京都の素敵な女性》 二年前(2006年)のこの時季のことです。 或る日の明け方のこと、布団の中で夢心地の私の眼に、入り口に古い木製の表札が見えました。 私は、必死でその文字を読み取ろうとしたのですがが読めません。字も薄れて…

京大生が木曽路や小諸を好きだった訳

ほっこり京都人(16) 京大生が木曽路や小諸を好きだった訳 彼等京大生は、京都の下宿を出発する時はお尻まで垂れる空のリュックを背負います。 彼等が何度も行ったのが、木曽路と信州小諸です。木曽路と言いますと、島崎藤村(1872-1943 明治5-昭和18)は…

京大生を甘やかし過ぎた京都の街

ほっこり京都人(15) 昨日のニュースに拠りますと石像「牛馬童子」の首が切断されているのが見つかったとの事です。 . 世界遺産に登録された参詣道の熊野古道沿いの石像です。 . (新聞記事は最下段に掲載) . こういう話を聞く度に、思い出しますね。 古…

京都の町屋のある秘密

ほっこり京都人(14) . 今まで、誰も書かなかった京都ですからね。 . ショックの方、ごめんなさい。 . でも、今度、京都に来られましたら、鴨川のせせらぎに 感傷的になるかもしれませんね。 . 祇園白川にひらりと舞い散る桜の花びらに、もののあわれを感…

京都の飯炊き小母さんの怒り

私の履歴書・63 《D大相撲部主将との出会い》 . 京都の町屋・うなぎの寝床の奥は土間。 . この土間を囲んで、東側の一階が事務所兼食堂。 二階が私達の住む八畳の部屋が二つ。 . この土間の西側の六畳間と南側中空の八畳間に住んでいたのが18歳から20歳…

首切りが見世物だった京都

ほっこり京都人(11) 私が京都に来た1964年(S39)は、京都タワー計画の是非論が論議されていた時です。 今では、新幹線で京都駅に近づくと京都タワーが見えまして、何となくほっとしますね。 . 他方、その時でも、京都鴨川の河原は、デートのアベックで一杯…

京都の人使いのノウハウ

ほっこり京都人(10) 私が京都に行った頃と前後して京都で事業を始めた会社で、今や、全国に名前が知れ渡っているのが 「餃子の王将」「佐川急便」「MKタクシー」等です。 創業者は何れも純粋な京都人ではないのですが、京都のノウハウを学んだのですね。…

ほっこり京都人(1)

先日の日曜日も淀に行きました。昼食はA指定席6F京阪レストランへ。 事前に何レースかを購入してしておいたので、ゆっくりと二人でビールと熱燗。 このレストランから見える嵐山は、写真の通り、雪雲がかかってる。 嵐山や京都北部は、淀や私の住む水無瀬が…