病院へのアプローチの模索


阪神淡路大地震は1995年(平成7年)1月17日(火曜日)の午前5時46分に発生しました。それは、私が部長になってから三年目に入る直前の時です。

この震災で、神戸営業所の一年生社員が寝泊りしていた神戸市内の木造家屋1階がペチャンコになりました。処が彼が寝ていたのはこの1階でした。
 
駆けつけた神戸営業所の社員達が、崩れた柱などをどかすには無理でした。
何しろ、2階がそのままの形で1階を押しつぶしていたのですから。
 
その若い社員は恐らく即死だったでしょう。電話がまともに通じない中、その両親にようやく連絡が付いたものの、交通がまゝならず、両親の現場到着は夕方の見込みでした。
 
処が、神戸営業所の亀戸所長(仮称)は、そこにいた数人の部下全員を所長のマンションの部屋片付けに連れて行ったのです。

マンションには奥さんがいるのですが、どうやら奥さんは片付けが出来ない程、混乱していたようです。そうであるとしても、せめて、両親が来るまで誰かがここに居てあげたい!との要望を一蹴して。
 
翌日、亡き社員の通夜が、大阪府高槻市で行われました。
所長は、部下全員に対して、通夜や葬儀に行く事を禁じました。
出席した部下社員達全員は、首を覚悟で参列したとの事です。

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それから一か月半後、この亀戸所長は、大阪支店の支店長に昇進したと言うのですから、驚きでした。

彼が支店長になってから数ヶ月後、彼は本部の私の席に来て言いました。
「大阪支店の川中主任(仮称)の病院営業顛末(てんまつ)を聞いているが、今のままでは売れるように思えない。」

当時、私の管轄である病院業界へは、業者卸や病院出入り業者の紹介販売で、自社での病院への直接アプローチ営業は未だ模索の状態でした。

亀戸支店長は会議で、あるいは用事で本社に来たとき、必ずと言っていい程私の席にやってきて繰り返しました。「このままでは支店の経営に支障をきたす。」

㈱ウズマサは関西の企業と同様、松下幸之助事業部制で、我が事業部も、大阪支店も、各々独立採算制度を採っていました。

彼が私の席にくるようになってから何度目かの時、彼は囁(ささや)きました。
「病院業界に強い人を見つけたが、病院相手では接待交際費が半端じゃないらしんだ。」
私 「半端じゃないって、幾らかかるんですか?」
彼 「一回の接待で30万円と言っています。」
私 「2~3年前なら接待交際費は使い放題もどきだったけど、今は引き締めに入っているから無理だな。大阪支店長のあなたなら出せるのじゃない?」
彼 「ただでさえ、支店病院課の社員の人件費で支店は赤字。他の課は収支が採れているのに。だからこれ以上、赤字を増やせない。」
私 「それは私の部でも同じ。BB営業部と違って、何しろ営業基盤が無いから接待交際の口実がない。」
彼 「病院課の赤字で支店全体の社員のボーナス査定に響く。」

このようなやりとにがあってから間もなく、
彼 「どうだろう、水無瀬部長が個人的に接待交際費を一時立替えしてくれないか。実績があがったら接待交際費から捻出して返すから。」 と。

彼、亀戸支店長は何しろ毎週の如く何らかの用件で本社に来て、私が在社の時は、都度、私の席にも寄りました。

大阪支店の川中主任というと、川中君が新卒の時、私の部下であったことも鑑み、川中君が大阪支店で肩身の狭い思いでいる状況を何とかしたいという気持ちも重なり、個人的に30万円を亀戸支店長に託すことにしました。

かといって、子育ても真っ最中ですから我が家の家計に余裕があるはずはありません。そこで妻に内緒で生命保険の一部解約で捻出し、亀戸支店長に渡しました。

間もなく亀戸支店長から連絡があり、病院業界に顔が効くという吾人と午後の陽が差す喫茶店で顔合わせしました。

ある日のこと、亀戸支店長から連絡があり、今日の夜、ある病院の院長を吾人が北新地のクラブに連れてくるから同席して欲しいとのこと。

そこで院長との接待を体験するのも役に立つと思い、出かけました。
北新地のクラブは、ボックスが10個弱で、装飾はシンプル、ホステルのレベルは結構高いように見受けられました。

処が、ボックスにいるのは亀戸支店長のみで、暫く経ってから今日の接待は中止になったと聞かされました。

ここで暫く歓談して帰宅するべしでしたが、亀戸支店長は神戸で飲み直そうというので已む無く亀戸支店長の車で神戸に行き、三宮のビルのクラブに行きました。

無論、シンデレラの時間は過ぎていますから自宅には帰れず、神戸市内のカプセルに泊まり、翌朝、神戸から京都の本社に出社しました。

その後、この亀戸支店長に呼び出され、何故か二人だけの北新地⇒三宮⇒カプセル宿泊コースは二度ありました。

部下の小倉課長が私にひそひそと話しかけてきました。
「部長、亀戸支店長に30万円渡したって本当ですか?」
私 「内緒の話なのに君がどうして知っているの?」
課長 「大阪支店からです。部長、亀戸支店長に騙されましたね。」
私 「そうかもしれない。でもこの件は口外しないで欲しい。」
課長 「どうしてですか?」
私 「君も気づいているだろう。亀戸支店長の我が営業部に対する姿勢が変化してきたことを。」

この私の言葉は、恐らく、負け惜しみに聞こえたでしょう。



(私の阪神淡路大震災に関しての履歴書記事)

私の履歴書阪神淡路大震災での対応 2013/1/16(水)