届かなかった妻の手紙
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私の履歴書・366
沈黙が続きました。
妻が話し出すのを静かに待ちました。
その場景は十数年前の『あの時』と同じでした。
注)『あの時』→私のブログ記事「何故妻と結婚したのか⑤」
やがて、
「手紙を出しました」
「誰に?」
「伊織さんに」
注)年賀状が毎年来ていましたから、伊織さんの住所は分かります。
「伊織さんに?」
「そうです」
「何でまた?」
「冷静になって欲しいと思いまして」
「その手紙の差出人には、君の名前を書いたのだろう?」
「ええ、そうです」
「その手紙は確実に主人に読まれるよ」
「どうしてですか」
「窓という窓は全て外から鍵がかかっているのだよ」
「 -------------- 」
「当然、ポストは伊織さんの手の届かない場所だろう」
「 -------------- 」
「差出人の住所は札幌、苗字は水無瀬だ」
「 -------------- 」
「その手紙を疑い深い主人が読んだらどうだろうか?」
「 -------------- 」
「いいかね、僕と伊織さんとの身体の関係は無かったのだよ。それを伊織さんの主人はよく分かっている。だが、それでも疑いたくなるはずだ!」
「 -------------- 」
「手紙の中の言葉使い一つで、解釈が逆になる」
伊織さんの身が案じられました。
「いつ出したの?」
「昨日(金曜日)です」
「昨日の何時?」
「お昼です」
「と言う事は、昨夜札幌から旭川に送られて、今日の配達に回っているかも」
「どうしたらいいの」
「郵便局に電話をして配達を止めてもらうしかない。間に合うかどうか」
「私が電話しますわ」
104で電話番号を聞いて、旭川中央郵便局に電話をすれど誰も出ない。
然らば、札幌中央郵便局に電話をし、手紙の差し戻しを依頼しました。
処が、妻はあっさりと断られました。
「一旦ポストに投函された手紙は差出人に返すことが出来ない」
これでは、埒(らち)が開かない。
「もう一度電話をしなさい。『人の命がかかっているから』と言って」
妻の電話口での必死の言葉。
一旦電話が切られた後、局側からの電話で回答が来ました。
「身分証明書と印鑑を持参し、最寄りの郵便局に行くように」とのこと。
「一緒に行こうか?」
「いえ、私一人で行きます。私の責任ですから」
妻はそう言って、近くの郵便局に行きました。
当時、土曜日の郵便局は午前中のみ開いて、午後は日直のみ。
注)日直 勤務先で昼間に番をする人
妻の帰宅後、札幌中央郵便局へ電話をし、手紙探しの確認をしました。
夕方、札幌中央郵便局から回答が来ました。
「札幌に手紙は無い。既に旭川中央郵便局に送られている。
但し、配達されたかどうかは分からない」
札幌中央郵便局から聞いた電話番号で旭川局に確認の電話。
「見つかりません。もう配達されてしまったかもしれません」との回答。
配達されていたら、次はどうなるのか?
「配達したポストから抜き取ることは出来ないでしょうか」
「それは出来ません。一旦配達してしまった郵便物はどう仕様もないのです」
まんじりともせずの夜でした。
翌日曜日の昼前、旭川局から電話が来ました。
「見つかりました」 と。
札幌局からの未開封の袋を全部調べたものの、区分棚を調べていなかったのです。
注)区分棚 郵便物を街区ごとにわける棚。戸別組立の前段階の作業。
既にその棚にあると言う事は、いつでも配達出来る状態と言う事でした。
危なかった。
それにしても、各郵便局の皆さんには迷惑をかけました。
その二日後、妻は近くの郵便局で自分が投函した手紙を受け取りました。
私は、その手紙にどんなことが書かれているのかは聞きませんでした。
妻は、あれやこれやと相当悩んで書いた文章だったのでしょう。
3月中旬のことでしょうか。
北見の塚本君から電話が来ました。
伊織さんの主人からの伝言。
『お互い夫婦で会い、話し会いたい』
留萌慕情(11)