札幌市立啓明中学で羽ばたいた娘

 
イメージ 6
 

   私の履歴書・347
 
さて、その小学6年の娘とは札幌に引越ししてからも一緒に入浴していました。
 
妻が、もう年頃になったから止めたらと言うのでそれに従いました。
.
私の記憶にある娘の最初の動きは、民間のミニバスケクラブへの入会でした。そのボランテァ指導者が札幌市職員。
 
その関係で、札幌市青少年山の家に登録。
年に三回の自然観察ハイキングに参加。
 
イメージ 1
イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌年(1988年)札幌市立啓明中学に入学。
 
イメージ 3
イメージ 4
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
部活でバスケをしたいという娘に対して妻は「それならテニスをしなさい」という非論理的説得でテニスに励む。
 
この中学一年の秋、生徒会役員選挙で会計に立候補したいと言う。丁度田舎から母が来た時ですね。
 
立候補するということは、壇上で演説をしなきゃならない。立候補演説並びに投票日までは、そんなに時間があるわけじゃない。
 
その演説の原稿を読んだ母と妻があわてた。
「これじゃ勝てない。もっとインパクトのある内容にしなきゃ」
 
それからが母と妻の二人で演説の原稿を作成。
日中、あ~でもない、こうでもないと言いながら。
帰宅した娘にそれを読ませて、身振り素振りの指導。
 
翌日、娘が帰宅したら、原稿が前夜のものと違っている。
その違った原稿で、娘は立って再度練習。
 
「はい、そこでは声を張り上げて!」
「はい、ここでは両手を握り拳にして胸まで上げて!」
 
この訓練で何晩かが過ぎてさて本番。
努力の甲斐があり当選。
 
その演説の中での最後が母と妻のご自慢の一節。
「私はのろまな亀ですが(以下省略)~」
 
以後、校内ですれ違う人達に「のろまな亀だ」と言われたそうな。
この啓明中学の話が緑丘小三年の息子の学年に飛び火。
違うクラスの子数人から「君の姉さん、啓明中学の◎子でしょう」
 
イメージ 5 
当時、上の子が中学生で、下の子が小学三年のケースが多かったからかも。
 
以後、息子の緑丘小時代は姉の七光り。
 
注1)大阪の高校時代も然り。
注2)右の写真は、翌年、同級生の応援演説をする娘。 
 
他方、自宅での娘は「のろまな亀」と言うよりも「ドジな亀」
何れも妻が留守の時に何故か事件は起きる。
 
一つ目は、天ぷら油の炎上
妻に内緒でレシピを見ながら天ぷらを揚げていたものの、離れる時に火を消さないから加熱して炎上。
管理人さんを呼びに走って帰ってきたら消えていたそうな。
 
二つ目は、もちを平型トースターで焼いたら煙がモクモク。
この時も管理人さんを呼びに走って事無きを得る。
 
三つ目が、ゆで卵を作るのに電子レンジに入れてチン。
ボン!と爆発。
 
実は、この三件を妻が知ったのは夫々後日。「お母さんには内緒よ!」と厳命されていた弟(息子)の密告によるもの。
 
娘は友達と自分の部屋でケーキを食べているのに、弟には分けてあげなかった事が暴露の動機とか。
  
尚、娘のドジなのは、娘の幼少以来、私と一緒に入浴していた娘を熱い風呂に長くつからせ過ぎていたからと主張するのは妻。トホホ! 
   ✩    ✩   ✩ 
 
注3)余談ですが、先日、朝日放送「探偵!ナイトスクープ」で「爆弾卵」の作り方を放映していましたね。
 
殻付き卵をかじった瞬間、ボンと破裂。
 
電子レンジを使い、卵の殻が中の水蒸気で割れない程度まで加熱。つまり、風船状態にするのです。
その殻を破ったら、破裂するのは当然ですね。


※ 私の履歴書 北海道編 目次