亜子との秘密の約束
私の履歴書・283
そこで初めて履歴書を開きました。
「見て下さい。高校のところを」
その欄には『高校一年10月退学』と書かれてある。
「私、高校中退なのです」
「ちょっと待って! この生まれた年って??? 君は一体何歳なの?」
「十九歳です」
「まさか??? 未成年???」
改めて彼女をじっと見つめる。
開いた口が塞がらない。
「25歳はとうに過ぎていると思ったよ」
一瞬の空白後、お互いに顔を見合わせて大笑い。
「良し! 分かった!
この中退の事は君と僕との二人だけの秘密にしよう。
君は、この履歴書を持ち帰り、高卒の履歴書に書き換えたのを持ってきてくれ。そしたら君は今春高校卒で、半年間はアルバイトをしていたことになる。職歴は無い」
「そんなことをしていいんですか?」
「構わない。僕が君を高卒と認める。但し、この事が会社にばれたら僕は懲罰物。
だから、口が裂けても高校中退などと言ってはならない」
「でも、退学した高校に問い合わせをされますと、直ぐに分かりますわ」
「心配無用。君の学歴と前歴の調査、並びに調査書類の作成も僕が担当する」
「でも、不安ですわ」
「そこの高校が拙いというなら、知っている他の高校卒にしたらいい」
「でも」
「でもと言っても、君は自己変革をしたいのだろう?
自己変革とは、過去の延長線上には無い。
自己変革を望むなら、望む変革した自分の姿を常にイメージすることだね。
過去の自分の姿もね。毎日制服で通学し、三年間授業を受けている自分の姿を。
そして、君は今春高校を卒業し、この秋、我社に正社員で入社したことになる。
以後、我社を辞めても君は立派な高卒者で、然も職歴欄に記入される勤務先は全国ネットの我社㈱ウズマサだ!」
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「私がどうして高校を退学させられたのか、聞かないのですか?」
「大方、想像はつくよ」
「私、中学の時からダチとすすきので夜遊びしていたのです」
「まさか、その時から酒を飲みだしたの?」
「中学二年の時、すすきので千鳥足でしたわ。小父さん達が飲ませるから」
「よくそれで高校に入れたね」
「それなりの高校ですから」
「中学時代、補導されてもか」
「だから私、すすきの界隈の商店の小父さん達とは皆知り合いですの」
「そうか、我社の名刺を持った君と一緒に夜のすすきのを歩きたいね。」
「私が道から手を振ったら、小父さん達、皆、きっと手を振り返しますわ」
「それは楽しみだね」
「それに--------」
「それに?」
「実は私、『剃刀(かみそり)の亜子』と言われていたのです」
「あっはっは! なかなかやるじゃないか!」
以後、彼女の歴戦の話を聞かせてもらいましたね。
そして私は、面談の最後にこう付け加えました。
「君は、我社で女性営業正社員の第一号となる。第一号と二号以下との処遇の格差は月とスッポン。君の人生の中でめったに無いチャンスだよ」
「正社員になることは考えさせて下さい」
「分かった。君の決断を期待しよう。明後日、回答を下さいよ」
彼女は応接室を私と一緒に出て、再度、事務所の真ん中を「コツ、コツ」とハイヒールの靴音を高らかに響かせながら帰って行きました。
「みんな、どう思う? あの女性を採用すべきかどうか」
「あれはひどい」「とんでもない女」「あばずれ」等の声。
「皆は、全員一致で反対かね?」
「そうです」の大合唱。その中に、由紀さんの声も。
「よぉ~し、分かった! 採用しよう!」
「エェ~?!」
「彼女、何歳だと思う?」
「ひょっとして35歳前後ですか?」等とがやがや。
「十九歳だよ」
「エェ~エ~↑↑?!?!?!」