かっての不良少女・亜子との出会い(序)
私の履歴書・282
同じく1987年秋
本社人事部に来春の新卒の配属を何名か要請するも無理との事。
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大卒男子120名の採用予定に対して、未だ70数名しか内定を出せていないという。
本州では、バブルが始まっていたのです。
『来春の新卒採用数が足りないから、中途採用で人手を確保せよ』との全国通達。
期していた女子営業社員募集をかけました。
同時に、女子アルバイト・営業アシスタント募集。
納品立会いで、作業無し。
この募集をかけている間、本社から再度全国通達。
『男子営業社員を中途採用でも確保困難なら、女性を採用せよ』
おあつらえ向き。
数人の女性から問い合わせの電話がかかってきました。
面接日は、月末近くの伝票処理で社員がほぼ全員在社の時。
コンコンコンと階段を上ってカウンターにやってきた一人の女性。
「面接に来ました亜子(あこ・仮称)と申します」
由紀さんが私に言いに来ました。
「所長、面接の方がいらっしゃいました。応接室に案内します」
「おゝ、そうしてくれ。お茶を出しておいてね」
応接室は、事務所の真ん中を通って奥にあります。
由紀さんの案内で、彼女は事務所の中を進みます。
ちょっと離れた所から見ている私。
真っ赤なスーツ。超ミニ。
真っ赤な口紅。
描いたまゆ毛。
濃いアイライン。
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張り裂けんばかりの大きな胸。
ふくよかなボデー。
高い高いハイヒール。
あれでは背は150cmも無い。
ハイヒールの靴底の鋲が木造の床を打つ音が響く。
彼女の歩む都度「コツ、コツ、コツ」と。
事務所の全員が唖然。
「来る所を間違えたのじゃないの?」
「安物バーのホステス?」
10分程待たせてから応接室に入りました。
彼女の差し出した履歴書入りの封筒は、そのままテーブルの端に置きました。
ありきたりの挨拶言葉を交わす。
どう若く見ても30歳弱。
濃い化粧。
くたびれた顔の皮膚。
処が、彼女のひょいと私を見上げる瞳。
赤坂の超やり手の女性のあの瞳と瓜二つにギョ!
生きた瞳の持ち主が、今、目の前に。
更にツタンカーメンのような黒いアイラインの奥にキラリ。
「君は幼少の頃、天才と言われた事があったでしょう」
「何故それが分かるのですか」
「君の瞳の奥の光だよ。凡人の光ではない」
「子供の頃、親戚の人たちによくそう言われましたわ」
「どんな仕事をしていたのかね?」
「アルバイトでコンパニオンです。だから、コンパニオン用のこの紅いスーツしかまともな服は持っていないのです。恥ずかしいですが」
「それがどうしてまた」
「このままでは私、駄目になる。立ち直ろうと思いまして」
「彼氏はいるのかい?」
「昔いましたが、今はいません」
「然し、君の胸は大きいね」
「母親譲りですから」
「その胸に合うブラジャーって売っているの?」
「デパートで探すのが大変です」
「そうだろうな。うちの女房に見せてあげたいよ」
「奥さん、普通なのですか?」
「普通ならいいが、年齢に反比例して年々萎んできたよ」
「羨ましいですね、奥さん。私、肩が凝って肩が凝って! それに私、顔も身体全体も腫れていると思いません?」
「そうかい? 私には分からないが」
「私、肝臓が悪いのです」
「どうして悪いの?」
「アルコールです。ドクターストップがかかっていて。だから身体全体がむくんでいるのです。顔もむくんでいるでしょう」
「体調は?」
「お酒さえ飲まなければ迷惑をかけることは無いと思います」
「両親は何をしているの?」
「小さな町工場を経営しております」
「兄弟は?」
「二つ上の兄が一人。今大学生です」
「どこの大学?」
「室蘭工業大学です」
「あの国立二期校のかい?」
「そうです」
「あそこは結構難しいんだよ」
私は、その兄は30歳に近い大学院生と思いましたね。
「よし、分かった! 君を採用しよう。但しアルバイトではなく、正社員でだ!」
「エェッ? それは困ります」
「君は、超一流セールス・ウーマンになれる素質がある!」
「正社員なんて絶対困ります」
「どうして?」
「とにかく私の履歴書を見て下さい」
つづく