函館・湯の川温泉の思い出

この私の履歴書を書き始めたのが、2005年の4月頃だったと思います。
最初はワードで書いて、フロッピーデスクに保存。
 
公開は、その年の秋に、ホームページに掲載したのが始まりです。
このブログ掲載は、3年前の2007年9月から。
 
然し、書き始めてからまる五年も経過。
只今No,250ですね。
 
元気なうちから書き始めたから、ここまで書いてこれましたが、
一体、何ページになったら閉じることになるのでしょうか。
 
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さて、前回のあらすじ)
 
道南地方には前夜から大雪警戒情報。
蜘蛛の巣の張る事務所を訪問。
 
帰路の国道は寸刻み。
中山峠中腹からUターン。
 
洞爺湖温泉街のホテルで一泊。
深夜の露天風呂で命の洗濯でしたね。
 
           私の履歴書250
         函館・湯の川温泉の思い出
 
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          函館山ロープウエイからの夜景
 
函館には札幌在住の四年間の出張で十回以上宿泊しました。
 
函館の地図を見ますと、何回か宿泊したのは「湯の川温泉・湯の浜ホテル」ですね。当時は、改装前で部屋は古く、それにツアー客主体のホテルで結構騒がしい。
 
でも、ここは、仲居さんがお膳での部屋食中、ずっとお酌をしてくれる。
一部屋に一人の仲居さんがついたのですね。
 
年齢は、30歳代後半から40歳代でしたね。
無論、ここでの宿泊は、私一人。
 
チントンシャンは無いものの、さしつさされつ。
これが嬉しいものでしたね。
 
新しく出来た「湯の川温泉・啄木亭」にも何度か泊まりました。
湯の浜ホテルのような仲居さんのお酌は無し。
 
但し、深夜、ここの縦長の大浴槽から、沖のイカ釣りの漁火がチカチカ横一列に見えましたね。
 
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面白い所では、恵山温泉に宿泊し、海辺に下りて行ったら5分で水無海浜温泉
 
函館市内から、車で海沿いを東に1時間。恵山温泉郷の一部として国民保養温泉地。尚、満潮時には、水没します。
 
 注)国民宿舎恵山荘」 1988年7月12日宿泊。
 
函館宿泊のうち、半分は巴稜荘(はりょうそう)へ、です。
ここへの宿泊も三年目になると、寮長はもう諦めていました。
 
毎回、午前様帰還ですからね。サンルームスタイルの玄関は消灯していますが、鍵はかかっていません。
 
この日は、雪の函館で最も寒い夜。
消灯した玄関から千鳥足で入り、二階に上りました。
 
いつもの事。どの部屋か分かりません。
鍵がかかっていない部屋が私の宿泊する部屋。
 
イメージ 3階段から右に進み、一部屋ずつノブを回して行きました。
廊下の突き当たりの格子戸のある部屋だけが開きました。
 
ここだろうと部屋に入りますと、大きないびき。ここじゃない。だけど残りの部屋は全部鍵がかかっています。
 
それじゃ、泊まる部屋が無いじゃないか。
暫らくは、廊下に立ちすくんでいました。
 
酔いの醒めと寒さで震えがきます。
丁度、納戸のような扉を発見。
 
中にシンクがありました。
その小部屋に入るも、やはり30分も耐えられず。
 
ガタガタ震える。
押えようにも、指が思うように動かない。
 
とにもかくにも温かさが欲しい。
となると、考えられるのは風呂場。
 
この寮もれっきとした湯の川温泉ですから、24時間お湯は流れっ放し。風呂場の広さは12畳程に4畳の浴槽。
 
さて、風呂場でどう寝るか。
あれやこれや工夫するも、結局はタイルの上に寝るしかない。
 
お湯が浴槽から溢れて流れ来るところに身体を横たえました。
流量はちょろちょろですが、そのお湯の熱い事!熱い事!
 
身体にお湯が当たらない場所は死体のように冷たい。浴槽に水を流し放しにした場合、揚水のポンプ音で寮長が目を覚ます恐れ。
 
已むを得ない。
風呂桶を引っくり返して、それを枕にして寝ました。
 
タイルの上に仰向けで。
タオルが無い。チンも仰向け。
 
うつらうつらと眠っては、熱くて目が覚める。
流れるお湯から身体を離して、またうつらうつら。
 
今度は、寒くて目が覚める。
この繰り返しでした。
 
ようやく朝が来て、六時頃、寮長が風呂場のドアを開けました。
ほっとしましたが、眠くて身体が動かない。うす目しか開かない。
 
寮長は、何も言わずにドアを閉めて去りました。
七時過ぎですね。風呂場をあとにしたのは。
 
寮長の奥さまから、泊まるべき部屋を聞いてがっくり。
 
二階の格子戸の部屋とは反対側の廊下の突き当たりに部屋。
その部屋の左に、もう一部屋の引っ込んだ入り口が有ったのです。
 
まさかそこにもう一つ部屋があるとは。
それに傍まで行ったのに、薄暗くて気が付かなかったのです。
 
その日の朝食時に前夜の事を詫びるも、寮長は無言でした。
次回の宿泊も、この引っ込んだ部屋でした。
 
恐らく、「門限を守れ!」という事を暗示するためだったかも。
 
注1)この巴稜荘(はりょうそう)は、今は有りません。
注2)水無海浜温泉の写真は、函館観光情報サイト「はこぶら」の許可を頂いて掲載しています。  http://www.hakobura.jp/
注3)函館の夜景画像は、函館山ロープウェイ索道部 の許可を頂いて掲載しています。http://www.334.co.jp/jpn/


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