由紀ちゃんを採用した本当の理由

 
前回のあらすじ)
 
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老朽している札幌営業所の木造社屋。
 
女子社員募集で履歴書が郵送されてきたのが未開封も含め200通超。
面接したのが三名。
採用したのが一名。
 
名前は由紀さん。24歳。
 
 
      私の履歴書244
 
由紀さんを採用してから半年以降、度々繰り返された質問。
「所長、何故私を採用したのですか?」
 
その都度、私の回答は同じ。
「この職場で勤まるのは、由紀ちゃんだけと思ったからですよ」
 
一年半後、定山渓温泉一泊で、社員全員が浴衣姿の時でしたね。
私と神戸部長が、お膳で飲んでいた時、彼女がお酌をしてから言いました。
 
 
「教えて下さい。
私は採用されて最初の仕事が、履歴書の返送業務でした。
 
皆さんの履歴書を見てびっくりしました。
きれいな人が沢山いました。
 
それに、私よりも遙かに優れている人も沢山いました。 
不思議なのです。所長は、何故、私を選んだのですか?」
 
 
神戸部長「所長、もう言ってあげてもいいでしょう」
そこで言いました。
 
「あなたが入社の時の札幌営業所はひどいものでしたね。あなたも、当初は随分と苦労されたでしょう」
「本当にひどかったです。夢物語です」
 
「その後、名古屋支店から転勤してきた総務課森口係長(仮称)の非情な仕打ちに悩みましたね」
「はい」
 
「別途、由紀ちゃんと私とだけで、何度も打合せをしましたね」
「はい」
 
「由紀ちゃんは、自分の悩みを話す都度、応接の椅子に泣き崩れましたね」
「はい。五回以上は泣きました」
 
「由紀ちゃんが声をあげて泣き始めて止むまで30分から一時間でしたね」
「そんなに泣いていましたか」
 
「由紀ちゃんが泣き止むのを、私はじっと待っていましたね」
「すみませんでした」
 
「にも拘らず、あなたは今こうしてこの会社に勤務していますね?」
「何度も辞めようと思いました」
 
「でも、私に辞めたいと申し出た事は一度もありませんね」
「言えませんでした」
 
「あなたしか面接せず、あなたを採用したのは、そういうあなただからなのですよ」
「どうしてそれが履歴書だけで分かるのですか?」
 
「由紀ちゃんのその細くて小さな可愛い一重の瞳です」
「この目が?」
 
「それと、あなたの顔の輪郭です」
「顔の輪郭? それがどうかしたのですか?」
 
「逆三角や卵形とは違って四角形だからです」
「父親譲りで、好きじゃないのです」
 
「つまり、顎が発達している。だから、困難な事が起きても食いしばれるのです」
「目もそうなのですか?」
 
「細くて小さな瞳は乾いています。本当の自分を失う事は無いのです」
「私、強情ですから」
 
「あの頃の浮浪者の集団のような事務所で勤まる女性は、恐らく、由紀ちゃんだけだったでしょう」
「所長は、顔の相(そう)を研究しているのですか?」
 
「いやいや、手や顔の相の事は全く知りません。体験からです」
「うぅ~~ん、複雑な気持ち」
 
「然し、由紀ちゃん、あの二人きりの応接室の長椅子に横たわり、1時間もうつ伏せになってシクシク泣いている由紀ちゃんの姿を見ていると、傍に寄り、抱きしめたいと何度思ったことか」
「まあ、所長。私、危なかったのですね」
 
そう言って由紀さんは、若者達の中に入っていきましたね。
そして、いつの間にか今までよりも明るくはしゃいでいましたね。
 
 
尚、当時の状況と言えば、
由紀さんとは、毎月、二人でミーテングをしても穏やかな雰囲気でした。
 
由紀さんが応接室で「わぁ~」と泣くようになったのは、名古屋支店から総務係長として森口君が転勤して来てからです。
 
この森口係長と言う人は、我々一般人の常識とは違う行動をとる人。
更に、強きに従い、弱きをくじく。彼には私も随分悩まされましたね。
 
他方、この頃は、女性営業員が計四名(22歳1名、19歳3名)になった時。
この花の19歳トリオが帰社したら、そのはしゃぎようは半端じゃなかったですね。
 
何でも笑う。当に箸がこけても笑う。
 
それと、22歳の女性営業員世子(よこ)と24歳の由紀事務員を小母さんと言うのですから。