バラ色に見えてきた北海道

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前回のあらすじ)
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広島空港→千歳空港
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ボーイング747に搭乗。
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素敵なスチュワーデスの甘い吐息。
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千歳の午後の冷気は身体に突き刺さる。
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でも、私の胸は熱い。

私の履歴書・236

1986年12月25日の午後
再び坂上課長の運転する車の助手席へ。

道央自動車道北広島ICで下り、36号線を北上。
札幌市内の環状通りを曲る。

環状通りは、場所により帯状の中央分離帯がある。
そこに植えてあるのは林檎の木で、赤い林檎が生ると言う。

社屋は、この広い環状通り沿い。
木造建坪70坪前後。

1Fがメンテナンス部署の事務所と倉庫。
2Fが営業部署の事務所と住居。

築30年は経っているだろう。
入り口は路地側。

一階事務所に入る。靴のまま。
リーガル・ローファー・ブラック。

床は打ちつけのコンクリート
広さは25坪前後か。

電気は点いているのに薄暗い。机は17。
汚れた服装の男が一人机に座っている。

「水無瀬ですが宜しく」
「城嶋(きじま)です」

中腰で立ち、怪訝(けげん)そうに微かに首を下げただけ。
城嶋社員は坂上課長に小声で話す。

「今度の所長ですか?」
そう言って何事も無かったように再び机に向かう。



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部屋の中央にはポット式サンデン・オイルヒーターが燃えている。
「ここで温まって下さい」
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石油ストーブに向かい、立っていると腰が加熱し顔も火照る。
くるりと回って背中をあぶった。
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背広を通して皮膚が熱くなる。
それから熱は薄い皮下脂肪から肋骨へ。


その時、不思議なことが。
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『太い氷柱(つらら)』が尻尾から首元に突き刺さっている。
肉塊は温まっても、脊髄(せきずい)は冷えたままなのだ。

その脊髄が、なかなか温まらない。
背中は熱いのだが、背筋のみ依然と冷たい。

このことか!
北海道では、暖かい部屋が最高のもてなしと言うのは。



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女性がガラガラと戸を開けて入って来る。
毛皮のロングコート。
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シルバーフォックス? それともミンク?
安くても70~100万円はするだろう。
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関西でこの手の毛皮コートを着るのは夜の女性のみ。
バーやクラブのお姉さまが飲み代の集金に来たのかな?
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ストッキングに中ヒール。
若い。白い肌。整った鼻筋。
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夜の疲れは微塵もない。
光る。



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本州では見当たらない美形。
北方ロシア系か?
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銀色のロングコートがとてもよく似合う。
その人が「只今! 遅くなりました」と言う。
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銀行に行って来たと言う。
この女性が事務員???
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「今度の所長の水無瀬さんだ」
坂上課長は私を彼女に紹介する。紹介順序が?
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「水無瀬です。宜しく」
「事務の砂子(すなこ)です」

にこりともせず、コートを壁に掛けて着席してしまった。

「水無瀬所長、私は仕事で出かけますが、神戸部長が30分もしたら帰ってきます」と坂上課長。

然し、この雰囲気!
やはり、私は招かれざる客。

この連中が、これからの私の部下か!
そう思いましたら、笑いがこみ上げて来ましたね。

これは面白い。
これで数字が上ったら奇跡。

私にお茶一つ持って来ない素敵な女性よ。
それでも、彼女だけは赦してあげようと思いましたね。

何れ、10日後の1月5日から私はこの汚い事務所勤務。
彼女がこの私を不快と思おうが毎日お話し出来る。

居ても立ってもいられなかったですね。
喜びのあまり!

何しろ、私の胸には未だスチュワーデスの甘い香が残っている。
且つ、彼女の吐息も何れ!との期待で胸が膨らむ。



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「城嶋君、何か空いている車はないかね?」
「辞めた営業が使っていた三菱のミニカ軽四ならあります」
「おぉ~、それで結構」
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「FFで、タイヤのスパイクはそんなに減っていないと思います」
「前駆の方が面白いよ」

その車に乗り、会社の前の広い環状通りに出ました。
道路はアイスバーン

スパイクタイヤで走るのは初めて。
本州でのスノータイヤとどう違うのか。

車の途切れる頃合を見計らってスタート。
アクセル全開の急加速。だが駆動の前輪は空転。

じわりと発進。
段々と加速して、今度は急ブレーキ。

車は斜めになり横転しようとする。
逆ハンドルで体制を立て直す。

次は、環状通りから会社の横の路地に入ろうと試みる。
飛ばしながら急ハンドルを切る。

車は逆向き。テールを大きく流してからアクセル。
と、すんなり路地に入る。

城嶋社員、一部始終を見ている。
微動だにしない。

呆れて? 
それとも心配して?

会社の前の環状通りを往復。これを繰り返す。
途中、神戸部長と山川課長が帰社。

この二人も事務所の入り口の道端に立って観ている。
会社の車で、何をしているのかと思ったのでしょうね。

三人も観客がいるとは嬉しいもの。
車を木の葉のようにクルリと一回転。

後、事務所に入る。

「水無瀬所長ですか? 初めまして。私は神戸です」
「水無瀬です。何せ、北海道は初めてなもので」

続けて
「早速だが、LL社(仮称)へ挨拶に行きたいのだがいいかな?」
「じゃ、城嶋君に運転させましょう」

「いやいや、私が運転して行きますよ」
「分かりました。それじゃ、先方に電話を入れておきます」

神戸部長とは、1兆円企業のLL社浦河営業所所長を最後に定年退職。
そのLL社本社人事部の斡旋で我社に入社。62歳。私より20歳年上。

山川課長
「水無瀬所長、今夜の6時から歓迎会をしますから、早めに帰社して下さい」
「了解。今日の挨拶はLL社だけだから時間内に済ませますよ」

ミニカに神戸部長を乗せ、アイスバーンをチンタラと走りました。
部長の役職なのですが、彼は所長である私の部下。

「神戸部長、事務員のお嬢さんは何者?」
「砂子さんですね。彼女、美人でしょう。彼女は二階の営業部にいたのですよ。確か父親はサラリーマン」

「掃き溜めにと言うよりは、肥溜めに鶴だね。ああいう美形は本州にはいませんね」
「でも、辞める事になっています。後任者に引継ぎしたらいなくなりますよ」

「それは残念。私の好みなのに」
「所長は、あのタイプが好みなのですか?」

「素敵な人は、タイプに拘らず全て好きですよ」
何とかして彼女を引き留めたいもの。



小雪が舞う中、LL社札幌支店ビル着。
一階の40名程と二階の20名程の社員に挨拶。

後、ここの一階事務所の真ん中にある応接セットに座りました。
応対者は、営業第一課、第二課、第三課の各課長の三名。

「水無瀬所長さんは、随分とお若いですね。社長さんの縁戚ですか?」
「いやいや、全く無縁ですよ」

「実は、北海道と沖縄のトップは、エリートコースなのですよ」
「それは初耳ですね」

「沖縄の場合は、離島を沢山抱えている。各々の島毎、対応が異なるのですよ」
「北海道の場合もそうなのですか?」

「ここ北海道の場合は、陸続きと言っても、町から町へは何時間もかかります。
離島と同じく各町は独立したマーケットなのです」
「それが何か?」

「一種のグローバル的な物の見方が要求されるエリアなのです」
「流石、東京本社の会社は違いますね。関西企業には、その思考は全くありませんね」


そう言えば、田舎のお袋に北海道転勤と電話で言ったら驚いていた。
「北海道のトップで行く人は、特別ですよ」と。

「東北よりも?」
「北海道は、東北や中国四国よりも遙かに格上です」

北海道が、バラ色に見えて来ましたね。