誓詞血判状に驚いたら私の負け

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前回のあらすじ)
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辰巳支店長との引継ぎも終り、第三週に入った月曜日。
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緊急電話で再度本社に来るようにとのこと。
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電話では話せない事が起きたようだ。
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広島始発の山陽新幹線乗車で本社へ。

私の履歴書・233

「えらい事が起きました!」
池内室長の憔悴しきった顔。

傍から佐々課長が眼を吊り上げて言う。
佐々課長 「水無瀬常務、連判状が来たのですよ」

「なんじゃい、それ。きょうびの世の中に連判状とは?」
「山川部長が人選した20名の社員全員の連署なのですよ」

連署って、ちゃんと障子の紙に各自が自分の名前を墨書きしていたの?」
「そうなんですよ」

「連判状って、古くは赤穂浪士。最近の世の中ではヤクザの世界だよ」
「それが送りつけられてきたんですよ」

「して、その内容は?」
「今後、一切、㈱ウズマサの指示には従いませんと書いてある」

「北海道は、炭鉱の歴史。労働組合が最も盛んな地。そんなもん、日常茶飯事じゃないですか?」
「それが違うんですよ」

「何が?」
「全員、名前の下の判子を押す場所に、血ですよ」

「誓詞血判状か。将に、農民一揆だ! 然し、皆、小指を剃刀で切って血判したとは。それは褒めてやる」
「よう、そんなのんびりしておらはりますね」

「そんな事、気にして仕事が出来ますかいな。然し山川部長、ワシが札幌に行くのを分かっていながら、こんな血判状とは。きゃつを何とかせにゃならん」
「水無瀬常務、それは堪忍して」

「どういう意味?」
太秦社長からも言われている。今度の北海道の再建には、山川部長と坂上課長を軸にと」

「それはそれ。北海道再建という大儀名文なら、札幌に行ってから私が決める事」
「よう、言いはりますな」

「考えても見なさい。反旗を揚げたとしても、20名の部下の月間給与のみでも、どんなに安く見積もっても現金で600万円。1年で7,200万円だ。

会社の形態なら月間経費2,000万円。年間2億4千万円。
山川君にその金があると思う?
 
ライバル社が機器を卸してくれたとして、その販売利益で賄うつもりでも、ただでさえ、販売力ない連中だよ!」

「言われてみると、その通りですね」

「仕事と言う物は、そういうもんじゃ」
「水無瀬常務、じゃ、これから社長室に入りますか? 社長室にその血判状の原本がありますよ」

「了解。話はそれだけなら、これから社長室に入るよ」


社長室に行く途中の廊下でも、すれ違う人、すれ違う人が言う。
「大変ですね。水無瀬常務」

どうやら、本社全体に札幌から届いた血判状の話は行き渡っているようだ。

社長室のドアをノック。

太秦社長、水無瀬です。入って宜しいでしょうか」
「おう、入ってくれ給え」

くだんの応接セットの真ん中に座りました。

社長は、茶色の細長い定形外封筒を私の目の前のテーブルに置きました。

「話は、池内室長から聞いたと思うが」
「はい、受け賜りました」

「これが、そのものだよ」
「これは見ません」

「それはどうして?」
「見る必要が無いからです」

「ほう」
「私の赴任目的は、北海道再建ですから、そんなものに拘る(こだわる)気は毛頭御座いません」

一瞬静寂の後、

「北海道再建には、山川君と坂上君を立ててやってくれ」
「話は承りました。そのように努力はします」

「それと、問題は釧路商業組合だ」
「と言いますと?」

「あそこの大黒(仮称)という事務長はなかなかの者」
「と言うことは、10年以上前から一度も落とせなかったのですね」

「そういう事だ」
「期限は?」

「1年!」
「1年で落せと言うのですか。それまた厳しい!」

「釧路商業組合傘下の小売店に無償で100台の機器をばら撒いてくれ。この件では淀川君(BB営業部・課長)と良く相談して」

「100台と言いますと、原価で言えば5千万円の投資ですね。話は承りました。淀川課長と話をしてみます」
「そうしてくれ給え」

太秦社長のネクタイピンは、例のトルコ石ではない。
どう見ても安物のネクタイピン。

恐らく、もう一度、私にネクタイピンをねだられたら、この安物を私にくれるつもりか。

然し、私は天邪鬼(あまのじゃく)。
そんな、安物は不要。

早々においとましました。
社長室を出ますと、社長秘書に呼び止められました。

「会社を出る前に、吉田部長の部屋に寄って欲しいとの事です」
「了解」

相変わらず廊下ですれ違う人の発する言葉は同じ。
BB営業部淀川課長の席に行きました。

「課長、社長が釧路に無償で100台の機械をばら撒けと仰っていますよ」
「社長のいつものパフォーマンスですよ」

「それは分かっていますが、一応、私の責務としては、あなたにこの事を言わなきゃならない」
「確かに承りましたよ」

「着任してみないと分かりませんが、色々とご相談することが出てくると思いますので、その時は頼みますよ」

急いで本社全部署長の席を訪問。転勤の挨拶。
皆さん、気の毒そうな眼差し。言う言葉も同じ。

最後に吉田部長の部屋に入りました。

「水無瀬君、分かっているね」
「はい?」

「山川君と坂上君の二人をどう使いこなすかだね。あの二人がいなきゃ、北海道を動かせないようだからね」
「着任の当初は、彼等の力量をこの眼で見させてもらいます」

「そうしてくれたまえ」
「お話は、その件でしたか」

「どうだい、帰りに一杯!」
「申し訳ありませんが、これから直ぐに帰ります。広島でまだまだやる事が沢山残っていますので」

陽が高いうちに帰りの新幹線乗車。
車中の缶ビールはお茶代わり。

成る程、北海道の子会社の低迷し続けた元凶は、あの山川と坂上両名の低次元にあったのか。