❼全員輝いた夜明け前


❻全員輝いた夜明け前
皆で集中して知恵を出し合う。そうなると眠気に襲われない。
寧ろ、思考は高まる。今回はその実例です。

外に出て車はヘッドライトを点灯し走りました。何だか田んぼのあぜ道を走っているような、恐らく三級国道か県道を走っているのでしょう。然し、行けども行けども、それらしき工場に近づく雰囲気ではありません。

道路標識には『養老の滝』と書かれています。
私、「へぇー、養老の滝という地名があったのか。居酒屋が創作した店名ではないんだね。」
伊田課長、「そろそろなんだけど。」
私、「約束時間に間に合う? もう10分少々しかないよ。」
伊田課長、「ひょっとして遅れるかも。」
何と、先方には、約束の7時に3分前に着きました。
まさに、冷や汗物のセーフ!

ここは今まで訪問した工場と違って、年代物の木造建屋で、案内された工場事務所中央の応接セットも古めかしく、然も、油やすすで黒茶色の汚れた外壁で薄暗い感じでした。然し、隣接する工場の稼働音はガタゴトと聞こえてきて、いかにも多忙な様子でした。

いよいよ最後の一社です。
面談者は当初、社長、専務、工場長、業務部長の4人だったと思います。ここも最初のA社であったように、出来ない理由を延々と述べてきました。

私は、A社での対処と同様、その出来ない点を箇条書きにして読み上げました。確か、10項目はあったと思います。その項目の一つ一つを潰していかなければなりません。

時間はどんどん経過し、午後10時になり、残業している職工さんたちを帰宅させた現場の製造部長や課長も加わりました。

一つの問題が終わったら次の問題が控えています。それらの問題を解決するために、私は色々な提案をすると、これだけの人数ですから、多種多様な意見が出てきて、またその意見ごとに提案をし、納得してもらい、次のテーマに取り掛かりました。

午前0時を回った頃、大日程表を広げて、いよいよ私たちの要望する仕事に取り組もうという全員の意思が伝わってきました。

然し、トヨタなどに納入すべきの大日程表をどんなにいじくりまわしても、残業、残業の毎日の職工さんたちには、これ以上の負荷はかけられない状態でした。皆さん、この時期の帰宅時間は毎日早くても午後9時。午後11時はザラ。時には午前様とか。

この人手不足が最大の障害となりました。この周辺の主婦は、ほとんどがどこかの工場で働いていますから、募集しても集まらないそうです。

それでも、流石、地場企業です。周辺の農家の一軒一軒の家族構成をこの場にいる誰かが知っています。しらみ潰しの如く、一軒一軒潰して行き、遂にお手上げ状態となり、全員、肩を落としました。

業務部長が、表の自動販売機から缶コーヒーを買ってきて、全員に配布しました。この形態は、札幌に転勤した当初の金曜夜の会議を思い出させました。

(参考)
私の履歴書40代北海道編
「銀色の世界・札幌『すすきの』の夜明けを堪能!」
金曜の午後7時からの会議では彼らの毎回同じ愚痴を聞くことになる。然も、缶コーヒー1本で毎回夜が明けるまで延々と続く。 しらじらと明ける雪の札幌市街の早朝を何度堪能したことか。

然し、入院患者や高齢者の入所者の為のみならず、昨日今日と私たちに協力する旨表明してくれた全下請け企業の皆さんにお詫びの仕様がありません。

「では、御社の取引先や関係先企業にお願い出来ないか」と申し出ました。皆、それぞれが次々と関係企業の名前を出し、その企業ごと検討するも、皆、残業、残業の企業だけでした。流石、愛知はトヨタの県。

私は、言いました。「組み立て工程の中で、どこの部分までやれば御社で最終組み立てをやることが出来ますか?」

ここでも各工程の仕事の内容を皆で、あ~でもない、こうでもないと検討しあい、工場側の最終意見はこうでした。

「細かいパーツのビス穴にビスを入れる作業が大変で多大な時間を要する。というのもプラスチック成型品は温度差でビス穴の位置が微妙に狂い、入るものが入らない。入らなかったら、ビス穴を削らなければならない。これで時間を食う。」

時計は午前3時半を回っていました。
私は質問しました。
「その作業は素人でも出来ますか?」
工場長、「教えたら出来ます。」
私、「どういう作業なのか、説明してくれませんか?」

工場長が手ぶり素振りで演じました。
私、「その作業程度でしたら思い出しました。」

更に私、「古い話ですが、簡単な作業をしてくれる先を紹介してくれと依頼されたことがあります。その時に、身障者などの福祉施設に作業所があって、そこに依頼しましたら、喜んで請けてくれたことがありましたが、この町にはそういう施設はないのですか?」

専務、「そういえば、かって作業をさせと欲しいというので、簡単な仕事をしてもらったことがある。60人か70人はいたと思うが。」

業務部長、「ついこの間も、施設の方とお会いした時、何か仕事をさせて欲しいとお願いされました。」

全員が、「それだ!」と声を上げ、全員、達成感に満ち溢れた笑顔に変わりました。

そして、その作業所に依頼するためには、どんな工具を幾つ用意するか。それで依頼する作業を凡そ何日で消化できるかを検し終えた後、

社長、「業務部長、明日ではないな。今日、朝一番で福祉作業所を訪問し、作業の予約をしてきてくれ。」

   ▽   ▼   ▽   ▼

皆に見送られて外に出た時は、午前4時半を回っていました。
伊田課長が社有車を発進するなり、またまた感激の声をあげました。

「水無瀬部長、まさかの全社が了解してくれましたね。これで3月には製品が出来上がる。これが部長の言う本当の仕事なのですね。」
私、「その中の一つだね。」
伊田課長、「不思議です。午後7時から朝の4時半まで、眠気など一つも無かったです。全員が。」

ヘッドライトの視界の狭い車は、またまたあぜ道のようなところを走り、やがては名神高速道路に入りました。

伊田課長、「私たちもこれから出社して仕事ですね。」
私、「当然だよ。」

         つづく

(続編)
❼人望に潜む危険