白銀の世界、潤む瞳、それは涙

 
 
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   私の履歴書・358
 
年が明けた1989年の一月は殊更多忙でした。
 
出張から帰った翌日の電話応対にひと段落ついた10時半頃でしょうか。
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旭川・伊織さんから総務松木係長にかかってきた電話が回って来ました。
あのチークダンスで伊織さんに嫌われたから、電話に出るのが怖かったですね。
 
いつもの伊織さんの声は、何故か人を引き付けるものを持っていましたね。
処が、この日はトーンが違いました。
 
うら悲しい声。
それもひっそりと。
 
「所長、何故あんなことをしたのですか」
「由紀ちゃんとの事で、何度も言うからですよ」
「私、私、- - - - - - - - - - 」
 
暫しの沈黙。
 
電話の向こうで、斎木君が伊織さんを呼ぶ声が聞こえます。
「所長、電話を切ります」
 
それから数日間の午前中は取引先や本社からの電話で悩殺され、その後は誰かと同行でしたから、日中、事務所にいることはありませんでした。
 
偶々午後在社の時、由紀ちゃんにかかってきた電話が回ってきました。
伊織さんからです。
 
前回と同じトーンで同じ質問が来て、同じ回答をしました。
「所長、何故あんなことをしたのですか」
「ごめん、ごめん。由紀ちゃんとの事を、何度も言うからですよ」
 
「私、私、所長と会いたい」
「?????」
 
「今度、旭川に来るのはいつですか?」
明らかに涙声に変わりました。
 
あんなことをしたばっかりに、素敵な女性を泣かせてしまった。
自責の念にかられました。
何とか直接会ってお詫びしなきゃ。
 
でも私のスケジュール表は、その月も翌月も毎日全部埋まっていました。
 
旭川出張が入っているのですが、斎木君がびっしりと予定を組んでいます。
彼の組んだコース上には、旭川の事務所立ち寄りは無い。
 
JR札幌駅→JR旭川駅(斎木君)→旭川商業組合事務所→LL社旭川営業所→留萌商業組合事務所→留萌組合役員宅訪問(市内、苫前・羽幌)→組合事務長&女子事務員接待→(留萌駅前ホテル)。翌日が留萌から車で直接旭川駅へ。特急乗車→北見だったと思います。
 
当日、旭川駅で斎木君と会うも偶々忘れ物をしたとかで事務所に寄りました。
その一瞬ですね。僅か数秒。伊織さんと顔を合わせたのは。
 
 
次に会ったのが、2月上旬、場所は国民宿舎芦別温泉です。
ここの会議室で全道の社員を集めて一泊の研修会。
 
注)この施設利用の二度目の時でした。
今の名前は、芦別温泉スターライトホテル国民宿舎あしべつ)
 
いつものように研修会は土曜の午後1時から。
窓の外は真っ白。
 
この日の宴会(夕食)で、伊織さんと話が出来、謝罪したはずですが、この時の宴会の記憶は無いですね。
 
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翌日の日曜日は、いつもとは違い、研修無しに朝食後解散しました。
 
旭川の連中は、早く旭川に帰らなければなりません。
旭川冬祭りLL社が売店を出しているので、そのお手伝いをするためです。
 
 
 
朝の8時前でしょうか。
旭川の連中を見送りに外に出ました。
 
いいお天気でした。
空は真っ青。
前夜、20cm程雪が降り、あたり一帯は白銀。
 
垣根の上にはこんもりとした新雪
朝の光を浴びて幾重もの雪の結晶が輝く。
 
旭川の皆が2台の車に乗り込みました。
残るは後部ドアの横に立つ伊織さんのみ。
 
私を見つめる伊織さん。
逆光。
 
雪で反射された光が伊織さんを包む。
黒い瞳は潤い、そっと光る。
 
涙でした。
 
美しいと思いました。
愛しいと思いました。
 
                                    留萌慕情(3)




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