リーダーとは人の命を預かるものですね

私の履歴書・158
リーダーとは人の命を預かるものですね

さて、比叡山延暦寺での営業幹部研修会二日目、私は突然、研修場から放り出されたのでした。暗闇迫る畳の部屋で、私は会社を辞める決心をしたのでした。

翌朝、同宿の彼等は研修会場に出かけました。又も無言で。
部屋にポツンと一人だけの私。さあ、あと一日半の辛抱! 

今日も妻は少しずつではあるが、子供をあやしながら荷造りをしているはず。
あの和光市のアパートを直ぐに出て、別のアパートを探さなきゃならない。

就職先は、以前スカウトにきたあの会社に先ずは声をかけよう。
あの会社が駄目だったら京都に帰ろうか!

昼も握り飯二個。

午後二時半頃ですかね。
突然、助手が呼びに来ました。

「研修会に出て欲しいのです」
「何故出なきゃならんのですか? 出る理由はありません!」
「これまでの一連の事に関しての理由は後に説明します。お願いします。是非出て下さい」

その時は、前日からのヒステリックな小母さん講師が社員を自己喪失になるほどにコテンパンにやっつける時間は終わって、40歳前後の男性講師が、壇上でなにやら手振り素振りで話していました。

明けて最終日。
この日は朝から個人面談とそれに並行しての講習。最後に終了式。
個人面談は、講習中、個々に呼び出され、一人当たり五分程でした。
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70名の中で私が最後の番でした。
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六畳程の部屋に通されました。
講師の机の位置・椅子などは町医者の診察室に入った雰囲気。


講師の開口一番 「すまんかった!」

彼は深々と頭を下げました。
私は、冷ややかな眼差しで彼を見つめました。

「実は、水無瀬さんにこの講習に参加してもらっては困るので、ああいう形となりました」

「どういう意味ですか?」
「この講習で水無瀬さんに教える事は何も無いからです。それを説明するために、充分時間をとってあります」

「次の講習とか終了式は?」
「それらに出る必要はありません。ですから約1時間半の時間があります」

「他の人は五分なのに?」
「そうです。あなたには色々とお話をしなければなりません」


彼は、徐にひもで綴じた冊子を開きました。
A4の紙一枚毎、ほぼ紙面一杯に折れ線グラフ。

左上には見覚えのある社員の名前。
その個人毎のグラフの紙を一枚ずつめくっていきました。

「このグラフは、この研修会の最初に全員に配布した設問100題の回答結果です。個人毎営業幹部としての適正をグラフにしたものです。御覧の通り、同じ形のものが無いでしょう」

イメージ 1

個人毎、グラフの形は全て違いました。(グラフA、グラフBなど)
皆、折れ線が大きく右に行ったり左に行ったり。

「理想とするこのグラフの形は、45度の一直線です。(グラフD)
この45度の直線からどちらかに外れれば外れる程 営業幹部としての適正が無い事を意味します」

「つまり、グラフがこのような異常な形となる人程、この講習での効果を得られるのです。ですから、この講習での目的は、個人毎 出来るだけ45度の直線に近づける事とも言えます」

一枚毎、個人の名前とグラフの形を見比べてめくっていきました。

「最後のページを御覧下さい」

最後のページを開きました。
そのグラフは、理想とする45度の右上方への一直線でした。(グラフD)
うちの会社にこういう人もいるんだ! と感心。

ひょいと左上の名前を見ますと「水無瀬より」と書かれています。
「そうです。これがあなたのグラフです。完璧なのです」

暫しの沈黙。更に
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「この講習で、完璧なあなたに教えることは何も無いのです」
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更に長い沈黙の後
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「不適格な人の中に完璧な人が混じりますと、不適格な人への講習の効果は半減します」
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「何故、効果が薄くなるのですか?」

「あなたは、どんな事をされようが動じない。あなたの行動は予見出来ない。それを他の人が見ましたら、この講習が茶番劇に映るからです」

「例えば?」
「例えば、そうですね。あなたは、女性講師に対して、怒鳴り返すかもしれないのです」

私は、改めて一枚ずつ、ゆっくりとめくって行きました。
グラフと個人名を見比べながら。

成る程、知っている人達のグラフは夫々想定に近い形でした。
グラフは嘘をついていない。

ふと思い出しました。タケちゃんマン(宮本課長)は、私と同じ直線かも。
「前回受講した人達のグラフも見せてくれませんか?」

彼は、前回のもう一冊の部課長・支店長達の綴りを持ってきました。
「宮本課長のグラフは何処ですか?」

そのグラフは、直線に近いものでした。やはりそうか!(グラフC)
それでしっかりとやられたのか!

「宮本課長さんの場合は、ほぼ直線ですが、未だ直線ではありません。
僅かですが直線からはみ出しています。ですからこの講習で矯正することが可能なのです」

更に、
「あなたは違います。あなたは完璧な直線です。この研修であなたを修正の仕様が無いのです。この研修のノウハウの埒外(らちがい)なのです」

更に更に、
「水無瀬さんの場合は、もっと高度な研修を受講することをお奨めします」

私は、部課長や支店長連中のグラフの一枚一枚を改めてめくっていきました。
ゆっくりと、一枚ごと、一人ずつの折れ線の状態に納得しながら。

部屋の中は、私の紙をめくる音だけ。
140名のグラフ全てを見終わって首を上げました。

彼は、難しい顔をしてうつむいていました。
じっと床を見つめていました。

意を決したようにやおら立ち上がり新たな一覧表を持って来ました。
それは個人名が左側に縦にずらり。右に数字がずらり。
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「これがIQ(知能指数)の一覧表です」
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一枚目が、支店長・部課長の一覧表。
大半が120~90です。
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二枚目が、今回の受講者の一覧表。
中には80の人が一名いました。

自分の名前も見つけました。

我が目を疑いました。
何度も確かめました。

「この数字はおかしいですね。私の中学の時のIQは七段階の上から二番目でしたから、こんな高い数字になる訳はないですよ」

「IQは育った環境や検査の時の体調、その時の精神状態でも変わります。稀に年齢がアップしてIQも大幅にアップする人もいます。恐らく、その中の一人でしょう」

沈黙!

「全員のグラフと全員のIQ一覧表を見せたのはあなただけです」

更に長い沈黙が続きました。
面談が始まってからもう1時間を越えていました。

「あなたは、お気付きなったでしょうか。
今回の鬼の特訓研修会でのあなたへの特別な研修を!」

私は、彼の言う意味を理解出来ない。
会社を辞める決意をした私。キョトンとしているだけ。

彼は落ち着き払った穏やかな優しい眼差しで言いました。

「あなただけへのこの研修の内容と意味と、そしてこの研修の価値を理解できるのは、あなただけです」

私は、はっ!と気が付きました。


          (比叡山延暦寺研修の項はこれでおしまい)

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