新しい彼と東京を去り京都へ

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男と女の関係とは、どこでどうなるのか分からないものですね。
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しかし、一人の異性の過去を詳細に知るということは、愛が芽生え易くなるのですね。
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私の履歴書・136


青葉支店長は、事ある度に公言。
「本を読む営業マンにロクな者がいない! 理屈ばっかり! 営業は足だ!」

DD営業部の三宅君と私を非難する言葉です。
でも、支店長のお気に入りのBB課の連中と言えば、朝から喫茶店に入り浸りですから、「営業は足」とは遙かに無縁の世界。

注)青葉支店長が、この自分の考えが間違っていたことを金魚の運呼に告白したのは十五年後。

DD営業部の三宅君は、逆にそれに輪をかけて、事ある度に支店長批判。
「あんな支店長は、我社の恥だ!」

年末年始の挨拶で大手スーパーマーケット本部へ支店長を連れて行きましたら、小店のクダラン事を得々延々と話すのだそうです。

営業マンが出払って静かな事務所二階の午後、遂に両者激突との事。
夕方、帰社しますと三宅君、「水無瀬さん、私、会社を辞めますわ!」

本社から彼が信奉するDD営業部の部長が説得に来ましたが、頑として変えず。
彼は、会社を辞めて関西に帰りました。洋子さんに未練を残して。

       ☆       ☆       ☆

或る日の午後五時半過ぎ、帰社し車を横付けしますと青葉支店長が叫びました。
「水無瀬君! あの車を追っかけて!」

「支店長、あの車、木下君の? それは無理ですよ。もう向こうの信号まで行っているじゃないですか」
「とにかく追ってくれ!」

白い車を追いかけ、信号三つまでは何とか追尾出来ましたが、一つ信号が違えば交差点では沢山の車が横から入ってくる。見失い、引き返しました。

「支店長!三つ先の信号まで追走しましたが見失いました」
「そうか、その信号をどちらに行った?」
「真っ直ぐです」
「やっぱりか!」
「やっぱりって、何が?」
「洋子のアパートの方角だよ。自宅に行くならその交差点で左折しなきゃならない。
木下君は未だ関係が続いているな。これで菅野工場長に報告できる!」
「はぁ~?」

       ☆       ☆       ☆

青葉支店長と大喧嘩をして会社を去った三宅君の後任として、本社から入社二年目の川島君(24歳 仮称)が赴任しました。甘いマスク。痩せ型。173cm。

月末が近い頃、私が月末処理のデスクワークをしていた数日間、川島君が前任者三宅君の事を色々聞いてきました。私は、三宅君と支店長の事、それと洋子さんに関することを話しました。

二階の連中が公衆電話からアプローチした事・会計の木下君との不倫・趣味に合わない高山君・惚れた三宅君の事・前職での松屋の上司との不倫関係など。

これで、川島君は、洋子さんの詳細を知ることが出来たのです。
知ると言う事は、恐ろしいと言いましょうか、素晴らしいと言いましょうか。

このような月末が何度か過ぎた或る日のこと、川島君は私の席に来て言いました。

「水無瀬さん、実は、内緒話があります。未だ誰にも言って欲しくないことですが」
「分かった、約束しよう。誰にも言わない事を!」

「実は、来月、会社を辞めます」
「辞表を出したのか?」

「未だです」
「何で?辞めるなんて!何かあったのか?」

「結婚するからです」
「うっ???誰と???」

「洋子さんとです」
「はぁ~~?? 洋子は木下ツルッパとは切れたのか?」

「この間の日曜日で完全に切れました」
「何かあったのか?」

「日曜の朝、木下さんは、洋子さんのアパートに来たのです。その時、前夜から私が泊まって居たのです」
「いつの間にか洋子は君と出来ていたのか!!それじゃ、木下ツルッパ、びっくりしただろう!」

「僕が内側からドアを開けたとたん、やっぱりか!という顔つきでした」
「あはは! その時のツルッパの様子、見たかった!」

「『この泥棒猫!』と言って私の胸倉をつかむのです。私、言いました」
「何と?」

「『あなたは、洋子さんを幸せに出来るのですか?』と」
「あはは! 何と答えたのか見ものだね」

「『お~!幸せに出来る!』というのですよ。だから言ってやりました。
『幸せに出来ると言うなら、今すぐ奥さんと離婚して下さい』」

それから、こたつのテーブルを囲んで三者騒々(そうぞう)会談になったそうです。
ツルッパは、それまでの洋子さんと如何に愛し合ったか、二人で何処に行ったとかを延々と話し始めたそうです。

洋子さんに、あの日々のことを思い出してもらい、何とか踏み止まって欲しい気持ちだったのでしょうね。
でも、どちらの両親とも会ったと言う話を聞いてツルッパの態度が変わったそうです。

「ツルッパ、洋子は、金がかかるとかぼやかなかったかな?」
「良くご存知で!」

「多分、松屋の時代に、不倫相手の上司は松屋の接待交際費を使ってハイレベルのレストランや寿司屋に行ったはず。だから、口は相当肥えている」

私、続けて
「ツルッパは、洋子に、二回堕胎させただろう」
「水無瀬さん、そこまで知っているのですか?」

「チラッとでも洋子の顔を見ていれば分かるよ」
「『洋子さんの身体を、そこまで傷つけておきながら、よく平然と愛していますなどと言いますね』と言ってやりました!」

「しかし、君はそこまで知っていながら一緒になろうとは素晴らしいものだ!
ツルッパは、グ~の音も出なかったろうよ」
「アパートの合鍵をテーブルの上に置いて、黙って出て行きました」

「何時頃?」
「お昼です。来たのが九時ですから丁度三時間後です」

「ツルッパは、午後一時半頃自宅に着いたな。着くなり見栄を張って『もう洋子とは会わない!こちらから別れて来た!』と奥さんに言っただろうな」

「これから、どうするの?」
「取り敢えず、職が見つかるまで京都の実家に二人で居候(いそうろう)します。洋子さんも働くそうですから、共稼ぎします」

「結婚祝いも兼ねて、盛大な送別会を開いてあげるよ」
「かんにんして下さい。送別会は開かないで下さい」

それから数日後、彼は辞表を提出。

引継ぎを済ませた或る日、泣き虫の皆川君を幹事に任命。
近くの喫茶店の二階で有志だけのささやかな送別会を開いてあげました。

別れの挨拶をしてから数日後、二人で静かに東京を去って行きました。

                      この項、これでおしまい