遂に化け猫屋敷に住む事に

私の履歴書・85
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《小母さん店主の逆鱗は治まらず》
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「ここにある物全部、倉庫に入れ!」と店主は同行の店員に命じました。
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一緒に逃げた女性が、集金の金を持ち逃げしているかもしれないからです。
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私「この本は、私の物。この通り、全部、法律専門書だ。上坂は文学部だから分かるでしょう」
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店主「上坂は、本をよく読んでいた。だから、本は上坂のものだ!」 

同居の学生も「これは上坂君のものではない。彼は数冊しか本を持っていなかった」と証言してくれるも、いきり立った店主には馬耳東風。

結局、積み上げたら、身の丈三列になる私の専門書は、隣の倉庫に運ばれ、南京錠をかけられてしまいました。民法とか刑法の法律書と論文集。それに月刊誌ジュリストと法律時報ですね。

「下坂の代わりに、新聞配達をせよ!」と店主に言われて、行く当ての無い私にとっては従うしかなかったですね。店員の指示に従って朝夕配達を始めました。

一軒一軒、配達先を覚えなければなりません。手書きでマップを作成するとかは、その時は、全く気が付きませんでした。何しろ、小学生が、何百部も、間違う事無く配達しているのですからね。

三日目に、「こりゃ、私目には、不適合な仕事だ!」と結論。とにもかくにも、ここを脱出しなきゃ。
あちこちの友人に、どこか安い部屋を知らんかと声をかけました。直ぐに大迫さんが探してくれました。

二階の八畳間で部屋代が三千円!敷き・礼無し。安い!!即決。場所も見ずに。

早速、店主に、「この仕事は、私には勤まらないから辞めます。上坂は横領していないのが分かったでしょうし引越ししますから、私の本を返してください。」とお願いしましたが。

「上坂から、本は自分のものではないと言う手紙でもあったら返してやる。そうでなければ返さない!」と。
まだまだ、お怒りは収まっていないのです。

無論、連絡が付くはずはありません。誰も行き先を知らないのです。已む無し。押さえられた本を倉庫にそのままにし、布団一つでの引越しとなりました。処が、新たな八畳間とは、とんでもない所だったのです。



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《化け猫屋敷》

幸運にも、かっての同僚大迫さんの情報。敷き・礼金無し。一ヶ月三千円。
家主は行かず後家さん。二階に間借り人が二人。

それだ!とにもかくにも時間がありません。下京区西本願寺に近い場所での間借りを決めました。
翌日、引越し。と言っても、布団のみです。本は、依然と新聞販売店の倉庫の中。

店主の小母さんは、かたくなに本の引渡しを拒否。布団は、元の同僚に頼んで車で運んでもらいました。
入り口は格子戸。立派な造り!柱には、寺社建具師の朽ちかけた金属板。

この家の先祖代々は、京都でも有名な寺社仏閣の建具師だったとの由。
1m強の格子戸から入ると、狭い通路の左に2m程の高さに伸びたしゅろ竹。

後日、母が田舎から来た時に、このしゅろ竹を見て「素晴し!20万円はする」と言っていました。
今の価格に換算すると200万円程でしょうか。

この狭い路地を十数m進むと、70坪程の真四角な土地が広がります。フラスコの様な形。
その真ん中に建坪30程の二階建ての家  

なんと!!能舞台か???外側には雨戸等一切ありません。正面と左側面が障子。その障子は、ことごとく破られているのです。家の中が丸見え。庭には木等全くありません。ぺんぺん草だらけ。

その片隅に、幽霊か???? 長い髪を振り乱した中年の女性が、もそっと立っています。
くたびれた浴衣?長襦袢?寝巻き?らしき物を着て。痩せこけて。眼だけが光る!


この彼女のぐるりには、猫!それも数十匹!!

化け物屋敷か!!!

今、京都は、応仁の乱の時代か?中国なら、さしづめ、三国志の紅巾の乱の時代か??


最初の真夜中、階下で「キー、キー」と言う女の叫び!
化け猫が月に向かって吠えているのか!

とんでもない所に来たものだ!!でも、眠らなきゃ!眠らなきゃ!もはや私には、ここしか寝る場所が無い。
雨露を凌げるだけマシというもの。

とにもかくにも、明日から何等かの仕事を探し、稼がなきゃ。残金は僅か。




イメージ 3二年前に、この化け猫屋敷近辺を40年ぶりに訪れましたが、この屋敷の跡形も無かったですね。
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この界隈の仏具店等は、昔のままでしたが。
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写真は、化け猫屋敷があった西本願寺前(中筋七条上る) 
06.09.17撮影。



尚、この化け猫屋敷の話しは、一旦、ここで中断し、元に帰ります。