太田道灌と紫陽花の場合は?
昨日五月末日、夏越の大祓(なごしのおおはらえ)の『茅野輪(ちのわ)』の準備が出来ているかな?と思って、水無瀬神宮に寄りました。
お賽銭をして、ニ礼をして下を見たら、お賽銭箱の中に白い封筒。表には『上』と書かれています。
この風習、私、知らない。きっと、賽銭とお願いする事が入っているのでしょうか。
写真は、紫陽花は昨日パチリ。山吹と山桜は、今年四月中旬頃、撮ったものです。
山吹と言いますと、太田道灌を思い出しますね。
この山吹の意味を知らない太田道灌は怒って帰ったという故事です。
「ななへやへ(七重八重)花は咲けども山吹の み(実)のひとつだになきぞかなしき」
(後拾遺和歌集より)
「蓑(みの)一つも無い」と少女は無言で表現したのですね。
道灌は、古の歌の心を知らなかったのですね。
道灌は、古の歌の心を知らなかったのですね。
注)蓑(みの)とは、稲のわらで出来ている雨がっぱ。
実は、皆さんご存知時、紫陽花も実が無いのです。→蓑(みの)が無い
もしも、この少女が差し出す紫陽花の一枝とは、この紫陽花でしたでしょう。
この少女の名前は『紅皿』ですからね。
この少女の名前は『紅皿』ですからね。
恐らく、少女は、百人一首の下記和歌を、心に秘めていたでしょうね。
蓑はありますが、今、ここにはありません。お待ちになって下さい、とね。
さて、今日から、六月。茅野輪は、もう出来ているでしょうね。