愛するが故に妻との別離

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愛するが故に、妻と一時的にではあるが別れる。

だが、その妻は、貴族の妻となるが、夫は乞食同然の葦(あし)刈り人夫(にんぷ)。
或る日、偶然再開するが、別れる。お互いに和歌を残して。


      『君なくてあしかりけると思ふにも いとど難波の浦ぞすみうき 』


この壬生忠見(みぶただみ)の和歌が使われた『大和物語』での概略は上記の通りである。
谷崎の小説「蘆刈」(あしかり)の最初の一行目に、何故、この和歌を持ってきたかは、下記の『大和物語』百十八段を読むと鮮明になる。


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            『大和物語』百十八段 訳

摂津国難波(なにわ)に若い夫婦がいた。収入が無くなり従業員も去り屋敷は荒れ放題。
男は、若い妻の貧しい姿を見るに忍びず、「汝は、京に上って宮仕へしなさい」と言い、再開を約して別れる。

妻は京の貴族の家に仕えることができたが、夫のことを忘れず、たびたび故郷に手紙を出すが、一度の返事もなく、夫の行方は不明。

そのうちに仕える家の正妻が亡くなると、女は貴族の妻に迎へられた。
幸せな暮らしではあったが、やはり摂津のことは気になってしかたがない。
あるとき難波の祓(はら)への行事を知り、それを口実に別れた夫を捜しに難波に出かけた。

難波の昔の家は跡もなく、捜しあぐねて日も暮れかかる頃、車の前を蘆刈(あしかり)の男が横切った。乞食のようないでたちだったが、別れた夫に似てゐる。

伴(とも)の者に、男の葦(あし)をすべて買ひ上げるように言い、男を呼び寄せた。
近寄る男の顔は、別れた夫に間違いなく、涙があふれ、男に食物と衣服を与へるように言った。

そのとき、車の下すだれの陰から、女の顔が、男の目に入った。別れた妻の顔である。

男は自分のみすぼらしい姿をみじめに思ひ、その場に葦(あし)を投げ棄てて逃げ出し、近くの家に飛びこんで釜の陰に隠れた。

伴の者がようやく探し出したが、声をかけてもそこを動かず、ただ硯(すずり)と墨を乞い、歌を書いて渡すだけだった。



     『君なくてあしかりけると思ふにも いとど難波の浦ぞすみうき 』




歌を受け取ると、女はよよと泣いて、自分の衣服を脱いで与へ、歌を書き添へて、京へ去っていったといふ。



     『 あしからじとてこそ人の別れけめ。何か難波の浦もすみうき 』



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 元の妻に贈った歌の意味は、下記の通り。


  「あなたがいなくなってから、蘆刈りをして日を送っていたと思うにつけ、
                 いよいよ難波の浦に住むのがつらいことです」


 一言で言うならば「覆水、盆に帰らず」ですが、そうは言いたくない切なさがある。  
  
              尚、次回から、小説の文脈に沿って水無瀬を紹介します。

(追記)2018/01/09

蘆刈」は、青空文庫でも読めますし、谷崎潤一郎の他の小説も読めます。
http://www.aozora.gr.jp/cards/001383/files/56875_58210.html

尚、谷崎潤一郎細雪春琴抄など色々な作品を縦書きで読む場合は、
http://drops.binb.jp/search.php?s=%E8%B0%B7%E5%B4%8E%E6%BD%A4%E4%B8%80%E9%83%8E
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