中国:対、極楽とんぼの日本


この記事は、6月4日の記事の続編です。但し、前回はページ1のみでしたが、今回は、最後のページ6です。

(前回記事)
中国:自国民、異民族共に虐殺 2019/6/4(火) 
戦争と殺戮ばかりの国・中国
黄文雄(評論家)
徳間書店『世界に災難をばら撒き続ける 中国の戦争責任』より》

以下は最後の6ページ目です。
その中で、下線を引いた箇所の中国の実態を書くつもりでしたが、まとめ切らないので別途日を改めて順次述べていこうと思います。

特に、現在の日本の研究機関や技術など優秀と未だ昔の幻影に浸っているノー天気が政府の要職にいることは誠に残念です。

ノーベル賞受賞者の大半は、米国での研究成果にも拘わらず。米国の大学での中国人の研究者は、今や、日本人の数倍であることを。

或いは、市民に日本の実態に目覚めさせない、知らさないで、市民を極楽とんぼの状態に維持するためとしか思えないのです。

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典型的例は先日の麻生の発言でしょう。

IMD World Competitiveness Rankings 2019 Results
IMD国際競争ランキング 2019

“競争力日本30位”に麻生大臣反論「落ちていない」
テレ朝 5/31(金) 
 世界の競争力ランキングで過去最低の30位になったことに、麻生財務大臣は「日本の競争力が低いと考えたことはない」と反論しました。
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麻生財務大臣:「たまたまそれがそうだったからといって、日本(の競争力)が低いと考えたことはない」

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 世界競争力ランキングは世界トップクラスのビジネススクール「IMD」が毎年、発表していて、調査対象の63カ国のうち日本は順位を5つ下げて30位となりました。1989年の調査開始以来、過去最低です。
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「経済の停滞」、「政府の債務」、そして「ビジネスの効率性」が低下していると指摘されています。これに対し、麻生大臣は「別の調査では日本の順位が上がったものもある」として、国際競争力は落ちていないという認識を示しました。

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※ 日本の実態に関しては、別途、記事にします。

(ページ6)
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 クラウゼヴィッツは、戦争は政治の延長と説き、毛沢東レーニンの戦争観を受け入れ、クラウゼヴィッツ戦争論について、「政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治である」と言い換えた。

しかし、レーニンは戦争を「正義」の戦争と「不義」の戦争に二分し、プロレタリアの革命戦争、植民地の解放、独立戦争こそ「正義の戦争」と戦争の「正義」を説いた。

毛沢東戦争論こそマルクス・レーニン主義戦争論を最高峰にまで発展させたもので、それは矛盾論、実践論をも含めてまさしく、戦争をもって戦争を否定する最高の『仁』だ」とべた褒めし、礼賛する日本の進歩的文化人もみられる。

 このように、戦争の定義はいろいろな意見があるが、現在の中国が採用している戦争の定義とその手法は、「超限戦」というものだ。

 これは、一九九九年に中国軍大佐の喬良(きょうりょう)と王湘穂(おうしょうすい)が共著で出版した戦略研究書の名前であるが、現在の中国および中国軍の戦略は、これに則っていると思われる。

 私はかつて台湾大学歴史学教授の友人から「ぜひ一読を」と勧められ、台北で買い求めて大学の研究室に持ち帰り、研究者たちと共同研究会で勉強したことがある。

 この著書は、通常戦のみならず外交戦、情報戦、金融戦、ネットワーク戦、心理戦、メディア戦、国家テロ戦など、あらゆる空間や手段による戦争を提唱したものである。

 実際に現在、中国によるサイバーテロや、日本のメディアを利用した情報操作や世論撹乱、アメリカでのロビー活動、アジアインフラ投資銀行(AIIB)による金融戦などが展開されている

 当時、私は「超限戦」の戦争観について、

 「特定の戦争はなく、正面対決もない。武器、軍人、国家、技術、科学、理論、心理、倫理、伝統、習性などにも、限界や境界はない。そして多くの場合は戦火も砲火も流血もないのだがその戦いが引き起こす破壊力は軍事戦争に劣ることはない

 『超限戦』にはまた、陸海空、政治、軍事、経済、文化などの境界もない。孫子呉子の兵法やクラウゼヴィッツ戦争論を超え、無限の手段で敵を服従させるのが超限戦の真骨頂である」

 と分析した。そしてすぐ討論に入った。

 しかし、まずイスラム学者から、「いくら超限戦といっても、イスラムのようなジハードは不可能なのではないか」と、中国人の考えている「超限戦」の限界が指摘された。

 考えればそのとおりである。いくら超限戦と言っても、中国人には日本人のような「特攻」や「割腹」はない。イスラムのような信仰もない。

 それが極端に利己的で現実主義の中国人の限界ではないのか。中国は海外の島々に対して、「歴史的に中国のもの」と主張し、「心理戦、世論戦、法律戦」という「三戦」を繰り広げているが、それでも核ミサイルの増強といった「力」に頼ることに必死になっている。

 そこにも中国の「超限戦」の限界が見られる。
            (以上で抜粋おわり)

(著者)
黄 文雄(コウ ブンユウ) 1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。1994年、巫永福文明評論賞、台湾ペンクラブ賞受賞。日本、中国、韓国など東アジア情勢を文明史の視点から分析し、高く評価されている。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』の他、『世界から絶賛される日本人』『韓国人に教えたい日本と韓国の本当の歴史』『日本人はなぜ特攻を選んだのか』『中国・韓国が死んでも隠したい 本当は正しかった日本の戦争』『世界が憧れる天皇のいる日本』(以上、徳間書店)、『もしもの近現代史』(扶桑社)など多数。