鬼瓦を見に矢島への峠越へ


この盆中、秋田空港で息子を拾い、大曲に向かい、昨年、十数歳年上の従姉が亡くなったので仏壇に線香をあげました。

その足で横手の温泉に一泊し、翌朝、今回の帰郷の目的の一つでもある由利本荘市矢島町城内字八森の金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)に向かいました。この神社の鬼瓦を観に行くのです。

ホテルを出るとき、カーナビをセット。
その指示に従い走行すると、予期せぬ道を走り出しました。

私は湯沢を回って行くものと思っていましたが、確かに矢島に行くには距離としては最短の県道32号をカーナビは指示するのです。

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処がこの県道、最初の峠(黄緑で囲った道)は田んぼのあぜ道のような一車線で2000ccクラスの車では走行困難な代物。無論軽四でもすれ違えないし、すれ違おうとしたなら、どちらかの車が少なくとも500mはバックしなければならない。それにロードミラーは皆無。

冷や冷やながら最初の峠を越えました。ここまで対向車が無しということは、この道、地元の人はめったに走らないのでしょう。

一旦平地を走ってから再度峠(ピンクで囲った道)に入りました。今度は若干広いにしても相変わらず一車線でまともにはすれ違えない。但し、今度はロードミラーが各カーブに付いているから多少は安心でした。
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そしてこの峠の最高地点から下り始めて間もなく、突然、視界が開けました。
遠くに鳥海山が眺められます。

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カーナビは恐らくこの景観を我らに見せたくてわざわざ獣道のような峠に導いたのかと二人で苦笑しました。

頂上と東側のすそ野は見えますが、西側のすそ野は雲。
もう1時間早かったら、すっきりとした鳥海山を眺望できたかも。

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頂上が見えただけでも二人ともご機嫌でした。

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矢島の町の中を通り、目指すは金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)の鬼瓦。

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(史跡看板案内文)
矢島町指定文化財(史跡)
生駒高俊公が寛永17年(1640)、讃岐から矢島に転封されるに当り、有名な金刀比羅大権現の分霊を捧持し、従来より打越氏が奉祀していた稲荷神社と合祀し、社格も領地守護の鎮守社として生駒家の武運隆昌と領内の安穏を祈願した。また民間信仰の霊神として尊信されてきた。
昭和49年10月25日指定 矢島町教育委員会

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8月初め、googleストリートビューで見ると補修中で足場が組まれていました。撮影日は2012年10月と記入されています。
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この半崩れの画像は、修復前の神社。
震災前取材と書かれている故、2011年3月以前の画像。
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この画像が、今の修復後の姿。本殿を残すも、左背後の建物は除去されています。
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そして見上げる鬼瓦。

残念にも、これは江戸時代、亀田藩領石脇(現、由利本荘市石脇、三軒町)の越前瓦師平八が造った鬼瓦ではないようです。

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1980年代初めに福井県立歴史資料館の瓦調査職員と当時京大大学院教授久保智康は、秋田県由利本荘エリアで越前瓦の調査をしています。その時に、ここ金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)の鬼瓦も越前瓦師平八作と確認していますから、それ以降の神社の屋根の葺き替えの時に平八作の鬼瓦を取り外したのでしょう。

その取り外した鬼瓦はどうなったのか、是非知りたいものです。
そしてお目にかかり、故人・瓦師平八を偲びたいものです。

(参考)
『見応えがあった秋田・亀田の天鷺村(あまさぎむら)』 2012/8/20(月)
あまさぎむらの城内に安置されている鬼瓦も越前瓦師平八作と書かれている。

この鬼瓦の説明文
 
嘉永五年(1852)八代藩主岩城隆喜の時、幕府から善政を認められて亀田陣屋が城主格に昇格した。その折、家臣たちが三間四間の大手門をつくり贈ったと伝わる。鬼瓦は、越前鬼瓦で敦賀平八作である』

石脇の瓦師平八の資料 2018/8/19(日)

鬼瓦の銘文解読一考 2011/10/9(日) 

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(追記)2018/8/28

矢島教育委員会に鬼瓦の問い合わせしたところ、以下の回答を得ました。私の間違いでした。

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「越前瓦師平八」「文政4年」のヘラ書きがある越前瓦は、藩政時代、本荘の子吉川河岸にあった矢島藩の米蔵敷地内の金刀比羅神社の越前瓦と思います。現在は矢島蔵(米蔵)・金刀比羅神社ともに解体されて、ありません。

 しかしながら、金刀比羅神社に使われていた越前瓦のうち、鬼瓦(天狗・烏天狗)は、本荘郷土資料館に保管されていて、常設展示されております。

 ただし、現在は、9月開催予定の企画展「越前瓦展」準備のため、収蔵庫にしまわれていて、パネル展示になっています。
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来夏の帰郷の際は、新山公園の本荘郷土資料館で鬼瓦を閲覧することと、岩城亀田の加藤三男家と、にかほ市三森の高昌寺の鬼瓦を見ることにします。