❶下請け火事による正念場


私の履歴書50代東京編

1997年11月中旬、本社工場の設計部署の伊田課長(仮称)から緊急電話が入りました。 「東大阪の下請けHO社が火事だ」

我が部署の病院関連の機器を組み立てている会社が、未明に火事になったといゝます。大変なことになりました。

病院や関連施設から3月納期で受注している機器の組み立て依頼しているこの工場は、高い塀で囲まれた主工場の斜向かいにあり、一般的な町工場スタイルで然も塀は無いのです。

次の緊急電話は、「廃棄予定の外に積んでいる梱包資材に放火され、1階の一部にも火が回ったが、消し止めた。」というもので、一安心をしました。我らの依頼している機器組み立ての場所は二階だから焼けなかったようです。

処がその翌々日の午後、伊田課長からまたまた電話がきて穏やかな調子で言いました。「組立中の物も、ストックしているパーツの物も、プラスチックの成形物は全部パーになりました。」

「二階には火が回らなかったから大丈夫だったのではないのか。」
「炎は回らなかったが、熱気は二階に回り、大きなパーツも小物も微妙にゆがみ使い物になりません。」
「それを君はいつ知ったのだ!」
「昨日です。」
「昨日だと? 何故それを直ぐに私に知らせないのだ!」
「下請けHO社の社長・専務・工場長の三人と、うちの男山製造部長と話し合いをしましたが何ともなりません。」
「何ともなりませんだと? それでどうするというのだ。」
「これから改めて各下請けで細かいプラスチック類のパーツを作らせてから各部分ごと組み立てさせ、それらを集め、最終的にここで本体を組み立てることになりますから、最初のロットの頭出しは来年の7月になります。」

「7月だと? 3月納期予定だよ。受注している顧客の4ヶ月間の逸失利益は幾らになると分かって言っているのかい?」
「1千万円ほどですか?」

「簡単に言うね。1千万円で済むと思うのかね? 受注している施設の合計ベッド数が一万床で施設側の逸失利益、イコール、我社に対する損害賠償金は一億円だ。」
「・・・・・・・・・・・・」

「君は今から下請けHO社の社長・専務・工場長に電話を入れ、明日、午前11時に雁首揃えて待っているように言え。」
「今回の件は男山部長と下請けの社長と話がついているのですよ。男山部長も下請けHO社の社長も、ことの蒸し返しにどう言うか。」
「どういう内容で決着したのか?」
「うちでは7月まで待つができるだけ早くとの内容でした」

「バカモン、今回の件に我社の瑕疵は皆無だ。全ての責任は先方にある。」
「でも放火ですよ」
「放火で納期が遅れますと言って顧客がハイそうですか、それはやむを得ないですね、待ちましょうと納得すると思うか?」
「思わないでしょう。」
「それにどうしても3月納期を望む施設に対しては、ライバル社の製品の手配をしなくてはならないのだ。」

続けて、「我社の組立中の仕掛品は放火されるような無防備な状況にあったのだ。HO社には重過失があるから、もしも頭出しが7月ならうちは顧客に代わって億単位の損害賠償金を請求することになる。それでもいいなら社長がいなくても結構ですと言え。」

「それは無理です。具体的納期については先方と決めていません。」
「何だと! 発注書に納期の記載がないのか?」

「そうです。いつも、都度、打ちあわせということにしていました。何しろ5機種あるでしょう。それに下請けHO社の組立ラインは2つしかとれていないから、そちら営業部の各機種ごと、販売予測台数と納期に合わせて都度ラインを組換ながら対応しているのです。」

「と言うことは、損害賠償をとれるかどうかは分からないということか?」
「そうです。それに先方は今の2つの生産ラインを他の電気メーカー依頼分に切り替えると言っていますから水無瀬部長が先方といかに話をしても無理です。」

「そんなアホな交渉しかおたくの上司の男山取締役部長は出来無いのか。よし、分かった。僕は明日の朝一番の新幹線に乗って9時過ぎには京都本社に入る。そしておたくの上司から状況を聞いてから君の車で東大阪のHO社に行くから、先刻言ったように、先方には私が行くから雁首揃えて待機するように言っておいてくれ。」

「わかりました。直ぐに電話します。」
「いいかい、伊田
課長、本当の仕事とはいかなるものか、君にとくと見せてあげるよ。」
私はそう言って電話をガチャリと切りました。

もしも7月納期なら、我社の特許製品を望んだ顧客の大半は、3月納入可能な他社に切り換え、然も、我社は顧客の信頼を失う。それだけではない。この業界での我社の座る場所が無くなる。

他方、未知の不慣れな病院業界で戦って受注した営業員の努力も水の泡と消え、今後、顧客を失った彼らは病院に二度と訪問しないだろう。なんとかしなければ。
                 続く

(続編)
❷『第一関門はこうしてクリアしたが』