府中本町駅への通路はオケラ街道
私の履歴書50代東京編
1996年春~
単身赴任だから仕方がないとは言え、寮への帰路は嫌なもの。
そこで駅を降りると直ぐのスーパー(源、トップパルケ久地店)での買い物をしたが、いつも下車時間が午後11時以降なので閉店寸前か閉店後。
度々購入したのが牛肉のブロック。これを握り拳大にカットし、醤油に10分程漬けてから胡椒をたっぷりかけ、電子レンジにかけ、適当なタイムでチン。
赤身から灰茶色に変色した部分をのみナイフで切り取り、それを食べながら焼けていない箇所を再度チン。この繰り返しが飲んできた後の遅い夕食だった。
もう一つの西巣鴨の独身寮も、後楽園のWINS(場外馬券売り場)が近いからなの。と言っても、単身赴任者にとって、休日は暇をもてあそぶ。確かに、競馬場などに近いメリットは充分にある。
尚、管理部の有志の連中は、会社の大型コンピューターを使って、現役の全登録馬とそのデータを打ち込み、それに基づいて予想を立てていた。
処が、偶々、大穴を当てて、皆、少額の投資で少なくとも数十万円ゲットしたから嬉しくてたまらない。内緒にしておけばいいものを、自慢するから、畢竟、会社に大型コンピューターを駆使していたのがバレる。無論、始末書もの。
こうせざるを得ないのは、休日の独身寮は若者だらけだから連れがいないし、近くに適当な飲食店がない。東京競馬場で開催していない時は、電車で渋谷まで出かけ、渋谷のWINSで馬券を購入するのだが、休日の一人での街での食事となると情けなくなる。
その絶望的な心情で帰宅してから洗濯機を回す。夜は特に辛い。夕飯をまともに食べた記憶がない。無論、財布が空っぽのせいもあるが。トホホ。
尚、この半地下生活で、最も嬉しかったのは、1997年の皐月賞だ。
このレースの数日前の夢の中に、四方八方、真っ白な部屋が現れた。
白というと、1枠。中でもこれ程白一色なら衣(きぬ)。
私は迷わず、1枠馬番2のシルクライトニングを軸馬にした。
然し、紐馬(相手馬)は夢のお告げが無いので迷いに迷い、10頭ほど選んでから他のレースを検討した。さて明日はこれでOK。ベットに横になりながら、翌日の各レース毎のマークシートを点検していると、皐月賞のマークシートで馬番14、15、16、17と黒く塗りつぶしているものの、塗られていない馬番18だけがポツンと寂しげに見えた。
然し、これは超人気薄馬。どうせ来ないから紐馬で選ぶにはもったいない。それに負けが込んで100円でももったいないと思いつつも、損した気分でえいやっとばかりに馬番18も黒く塗って就寝した。
翌朝、渋谷WINSに出かけ、朝食・兼昼食をWINS傍でとり帰宅。
ようやく私はどうだったかと聞かれ、自慢げに当たり馬券をかざす。
半地下生活の賜物。久々に爽快な一日だった。
1997 皐月賞
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