京都・奈良寺社仏閣と断層

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防災科学研究所 地震波形

[sheeple 他]熊本地震が起きる前日に、巨大電磁波が日本列島全体を襲う / HAARPもすごいことになってた / 熊本県 自衛隊高遊原分屯地と入力したら、緯度32.8経度130.8と出て震源地とピタリ一致!

2016年04月14日 平成28年(2016年)熊本地震による強震動

熊本地震、一夜明けて
もし、純粋水爆を使った起爆であるなら、一気に大電力を核融合装置に送り込む必要があるため、停電するかも。今回、実際に、地震発生前0.5秒に停電があった?純粋水爆の場合、一過性の中性子線が発生するけれど、通常のガイガーカウンターでは検出できないので、ばれない。

「一過性のものではない」専門家指摘 南海トラフ巨大地震につながる内陸地震続発 西日本中心にこの20年    産経WEST 2016.4.15 
過去にも巨大津波を引き起こした東南海、南海地震の前には、内陸型の大地震が発生しており、研究者らは「今回の地震を一過性のものと考えるべきではなく、警戒が必要だ」と呼びかけている。

 「今後続けて内陸地震が起きる恐れがある」

 尾池和夫・京都造形芸術大学長(地震学)は、今回の熊本地震の影響について、こう警鐘を鳴らす。尾池氏は、熊本地震震源地の付近には、複数の大規模な断層帯が確認されているほか、日向灘では過去にも頻繁に地震が起きていることから、特に九州での内陸地震の発生を警戒する。

 さらに尾池氏は、「紀伊半島や四国の北部を通る中央構造線断層帯での地震の発生にも警戒が必要だ」としており、内陸地震が続発する可能性を示唆する。

 国内では、内陸地震の後には、西日本の沖合を震源とする南海トラフ地震が100~200年周期で発生し、津波により大勢の死者を出す-という歴史を繰り返してきた。

南海トラフ地震となった昭和19年の東南海地震、21年の南海地震の前には、鳥取地震(18年)、三河地震(20年)など1千~3千人が犠牲となる内陸地震が発生。尾池氏が「南海地震につながる内陸地震の始まり」と位置づける明治24年濃尾地震では、約7千人が亡くなっている。

 梅田康弘・京都大名誉教授(同)も「過去の事例でも、南海トラフ地震の前には、前兆のように内陸地震が活発化している」と指摘。一方、今月1日には三重県南東沖地震が起きており、「昭和の東南海、南海地震と同じメカニズムとみられ、南海トラフでの巨大地震を誘発した可能性もあった」と主張する。


次は首都が? 防災教育推進協会理事が見た地震 100年前にも日本各地で・・・明治中期との共通点  産経WEST 2016.4.15 

実は今から129年前の明治22年、今回のごく近くを震源とする熊本地震が起こっていた。(藤浦淳)M6・3。死者20人、建物239棟が全壊したとの記録がある。震源熊本市西方で、西にそびえる金峰山(きんぽうざん)の名を取って金峰山地震と呼ばれる。現在の目でいえば、熊本市北東部付近を分岐点に西南西方向へ延びる布田川(ふだがわ)断層での地震だったようだ。

 当時の記述によると、余震は一週間ほどたっても起こり、熊本城の石垣などが崩落した様子が分かる。(五野保萬日記)。また国立科学博物館のホームページには、当時の被害の写真がアップされ、城関連の被害や民家の被害状況、地割れなど今テレビで見ている「平成28年」そっくりの場面を見ることが出来て慄然とする。(中略)
そして今回の地震は、熊本市北東から南南西方向へ分岐するもう一つの断層、日奈久(ひなぐ)断層帯に沿って本震と余震が起こっている。地質学的には100年はあっという間だ。双子の残りの片方が、129年を経てむっくりと起き出して暴れた、ということが出来る。

 列島に見る共通点

 実はそれだけではない。この明治中期は内陸型地震が多発した時期なのだ。科博のHPには日本地図にいくつかの内陸地震がプロットされている。よく見てみよう。明治29年に陸羽地震(岩手・秋田内陸、M7・2)が発生。そして38年には明治芸予地震(広島・愛媛瀬戸内地方、M7・2)。何か思い浮かばないだろうか?
芸予地震(平成13年、M6・7)、岩手・宮城内陸地震(20年、M7・2)と被災地域が重なるのだ。

 直下型地震のメカニズムをはこうだ。太平洋側から押し寄せて日本列島の下に沈み込むプレートの圧力で、列島は常に西方に向かって押されている。次第にたわみ、たわみが限界に達したとき傷ついた部分が壊れる。その傷が断層で、壊れる振動が直下型地震だ。つまり断層とされる地面の巨大な地割れは地面の弱い部分なので、繰り返し同じような場所で起こる可能性がある。

 さて、明治中期から大正・昭和初期にかけてそういう地球物理的な力で地震が50年間に渡って相次いだ。最大のものは科博の地図には示されていないが、明治24年に岐阜・愛知県地方を襲った濃尾地震(M8・0、死者7200人超)で、名古屋市内が炎に包まれた様子は、東京大学が所蔵する当時の瓦版の錦絵にも描かれている。
そしてもう一度、地図を見てみよう。27年に明治東京地震が起こっている。M7級の直下型地震で、震源がやや深かったことが幸いしたのかも知れないが、それでも31人が死亡し、首都圏の都市インフラは大きな打撃を受けた。煙突が多数被害を受けて「煙突地震」とよばれたという。

 その後、北但馬地震(北但震災、大正14年、死者465人)や北丹後地震=地図参照=(昭和2年、同2925人)など、日本海側を中心に大きな地震が数多く発生し、昭和19年と21年の南海トラフ巨大地震である東南海・南海地震の発生へと繋がっていく。現在考えられている一連の内陸で起こる直下型地震と海溝型の巨大地震の発生メカニズムはこうした過去の経験によるところも大きいのだ。

南海地区で大地震警戒:村井教授の「累積ひずみ」による最先端地震予測
村井宗明委員長HP・大震災後、火山噴火の危険性!

グーグルマップ


活火山総覧 第4版 もくじ

有馬-高槻断層帯の評価


近畿でも大地震に警戒必要 主な活断層20本以上
神戸新聞NEXT 4月17日(日)

兵庫県内を含め、近畿には過去に大地震を起こし、警戒が必要な活断層が集中している。震源域が東に広がっている今回の地震が西日本の活断層に影響する可能性もあり、注意が必要だ。

イメージ 1


全国の活断層は約2千本。近畿には、阪神・淡路大震災を起こした六甲・淡路島断層帯など、主なもので20本以上が確認されている。

 政府の地震調査研究推進本部は、30年以内の発生確率を長期評価している。兵庫県の播磨地域を東西に走る山崎断層帯マグニチュード(M)7・7程度の地震発生確率が「0・09~1%」で死者は最大約4千人を想定。大阪平野を縦断する上町断層帯はM7・5程度が「2~3%」と比較的高く、死者も最大4万人以上と想定されている。(以下省略)


1: 柳ヶ瀬・関ヶ原断層帯  2: 野坂・集福寺断層帯  3: 湖北山地断層帯
 4: 琵琶湖西岸断層帯  5: 養老-桑名-四日市断層帯  6: 鈴鹿東縁断層帯
 7: 鈴鹿西縁断層帯  8: 頓宮断層  9: 布引山地東縁断層帯
10: 木津川断層帯 11: 三方・花折断層帯 12: 山田断層帯
13: 京都盆地奈良盆地断層帯南部(奈良盆地東縁断層帯 14: 有馬-高槻断層帯
15: 生駒断層帯 16: 三峠・京都西山断層帯 17: 六甲・淡路島断層帯
18: 上町断層帯 19: 山崎断層帯 20,21,22: 中央構造線断層帯
23: 伊勢湾断層帯 24: 大阪湾断層帯

近畿地方地震活動の特徴 地震本部



京都・奈良は断層上に建てられた古都である
2012/8/27

(1)京都・奈良のパワースポットは断層上にある

京都・奈良は良い社寺(パワースポット)が多いところとして知られていますが、そこは実は断層地です。パワースポットと断層の関係はよく知られていますが、京都・奈良が断層地であることは知られていません。

京都市内の鴨川の東側に古い社寺が密集しているのですが、その地帯の断層を調べてみると、断層密集地帯であることが分かります。

断層というのは単に地層だけのことではなく、断層がある土地というのは、地球の奥深くからエネルギーが噴出しているということがあります。

これはすべての断層に当てはまるというわけではないのですが、パワースポットと断層というのは、密接な関係があります。(中略)

「地下深い地層からエネルギーが吹き上がっている場所」という意味ではまったく同じ土地で、伊勢神宮中央構造線という断層地に建っているのは、知っている人は知っているという事実です。(中略)

(2)京都・奈良の断層

以下の地図は、概ねの断層の位置を表しています。(厳密な断層の位置については、前出のページを参照してください)

イメージ 2


こうしてみると、京都の街は、東の比叡山の山脈を挟む二つの断層(花折断層、琵琶湖西岸断層)と、花折断層に挟まれた稲荷山(伏見稲荷)に特徴があることが分かります。

また、奈良の街は、二本の断層に挟まれた形になり、三輪の大神神社まで続く、山の辺の道もまた断層上の道になります。

(3)断層上の社寺

京都の東側の断層上には、多くの有力な社寺があるのに対して、京都の西側は、東に比べれば歴史的にも栄えておらず、東寺・西寺にいたっては、東寺は今も創建当時の姿で建っているのに対して、西寺は今では石碑で面影を残すのみとなっており、京都は東側が主軸となっているのが分かります。

これらについては、地質的な説明が多いのですが、断層との関係を見ると、東側は断層に挟まれた山々があり、これらが有力な社寺を麓や頂きに抱えており、断層的な要素が強いことが分かります。

特に、鴨川と東側の山との間の花折断層帯上には、多くの有力な社寺が密集し、皇室の菩提寺である、泉涌寺 (せんにゅうじ)もこの断層帯上に位置します。

奈良や長岡京、京都が都になったのは、断層地というエネルギーの強い土地であることも大きな理由です。

しかし、御所はこの断層地から少し離れていますが、これは、断層地上で権力者が集合すると、エネルギーの強い土地ゆえに、権力闘争になりやすいという側面もあります。そのため、鴨川から西側のエネルギーレベルは高いものの鴨川の水によって鎮められている西側に位置しているということです。(御所が建てられた当初は、現在よりもさらに西側に位置していました)

そういったこともあって、現代の京都の街は、南北の道の堀川通りを境として、東西でエネルギー的にも大きく変わります。

一方、奈良においては、東大寺春日大社という社寺や、平城京もまた断層上に位置することになります。また、断層上の道である、山の辺の道周辺には、石上神宮大和神社大神神社天皇陵がいくつも存在しています。

京都・奈良が古都として栄えた理由の一つとして、断層上のエネルギーが強い場所であったということが言えます。



近畿活断層地震予報マップ





平成 28 年(2016 年)熊本地震の評価 4月14日地震
平成28年4月15日

平成 28 年 4 月 16 日熊本県熊本地方の地震の評価 

全世代型の社会保障制度を 自民若手議員らが提言
NHK 4月14日 4時18分