共産主義者近衛文麿の犯罪
昨日の記事の文字版らしきものが見つかりましたので、それを掲載します。
尚、下記のようなことは日教組やマスメディアに洗脳されている人にとっては、受け入れられない考えでしょうね。
(昨日の記事)
歴史の黒幕
2014/2/18(火)
《共産主義とは》
その前に、私のかっての記事に書いているように、国際金融資本ロスチャイルドが世界統一単一政府の樹立と世界人口の9割削減を図るために、19世紀後半にユダヤ人カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスに共産主義思想を体系化させたことを認識しておく必要があります。
(参考)
戦争は国際金融資本が企画立案する
2013/11/18(月)
(注)
さて、本文
日本人は知ってはいけない。 ないしょの話。
何を考えるにつけ、日本が劇的に変遷していったターニングポイントはやはり太平洋戦争、いや、大東亜戦争というべきでしょう、この戦争の敗戦から始まったという事は間違えのない事でしょう。
実は紛れもなくかれは超一級の共産主義者でした。
近衛内閣の外務大臣であった生粋の民族主義者、松岡洋右は東条英機に対し17メートルにわたる毛筆による手紙(現在は国立図書館に保管)を書きましたが、その長い手紙の内容はつまり、「近衛には気をつけろ」というものでした。
所詮国際連盟も連合も、貧しい国が不平不満を言う場所にすぎず、世界統一政府実現のための一つの機関にすぎません。
敗戦以降身分制度は目に見えなくなり、「人は平等だ」と思っている方も多いかと思いますが、そんな事はありません。
ユダヤ金融資本と繋がった本当の日本の支配階級が彼らを支配しています。
所詮は議員も総理大臣も飾り物です。
身分は違っても同じ同族古代ユダヤ血流です。
この時に制定された守護・地頭が毛利(長州)と島津(薩摩)で、後に明治維新に大きな役割を果たす事になるとは、やはり不思議の国日本でしょうか。
さて話を元に戻して1945年2月14日に近衛が天皇に宛てた「奏上文」を見てみましょう。原文は読みずらいので現代文に近く直して見ました。
☆
戦争は遺憾ながら最早必至なりと存じ候。
以下この前提の下に申し候。
つらつら思うにわが国内外の情勢は今や共産革命に向かって急速度に進行しつつありと存じ候。すなわち国外においてはソ連の異常な進出に御座候。
少壮軍人の多数は、わが国体と共産主義は両立するなりと信じいるものの如く。
軍部内革新論の基調もここにありと存じ候。
事変長引くがよろしく、事変解決せは、国内革新ができなくなると公言せしは、この一味の中心人物に御座候。(自分自身のことを言っている)
これら軍部内一味の狙いは必ずしも共産革命に非ずとするも、これを取り巻く一部官僚および民間有志、これを右翼というも可。左翼というも可なり。
昨今戦局の危機を告ぐるとともに、一億玉砕を叫ぶ声、次第に勢力を加えつつありと存じ候。
掛かる主張をなす者は所謂右翼者流れなるも背後よりこれを先導しつつあるはこれによりて、国内を混乱に陥れ、革命の目的を達せんとする共産分子なりと睨みおり候。
☆
共産化社会が構築されれば自分の立場がなくなると考えたのでしょうか。
官僚中心の中央集権。
一億みな中流意識。
平等な学校教育。
出来ない子に合わせた教育。
かろうじて日本が比較的高い学力水準を維持できているのは「塾」の存在があるからにほかならない。
表向き日本の共産化は避けられましたが、事実上日本は地球上でもっとも共産化の成功した国であるというのは何とも奇妙な感じがします。
戦後近衛は、戦犯容疑で東京裁判に出廷を言い渡されたのち自殺しましたが、自殺の理由ははっきりしません。(註2)
「夢、破れたり」 でしょうか。
1941年10月、東条内閣が発足しましたが、この年の12月8日真珠湾。
既に近衛によって、開戦の準備が整えら得ており、東条にとっては如何ともし難い状況であったでしょう。
戦後、世界中から悪魔の権化のように言われて本当に気の毒だと思っています。
ただ、何度も述べてるように、東条の処刑後の亡骸は、散骨され遺族の元には戻ってはおらず、筆者としえは、絶対に生きて、寿命を全うしたと考えております。
世界中見渡す限り、何処の国も貧しい者があふれており、今後ますます貧しい者はさらに貧しく追い込まれてゆくでしょう。
なぜ、はっきりといいきれるのか?
世界統一政府の構築時期が目の前に来ているからです。
すなわち、世界は共産化していく訳です。
近衛さま、もうじきあなたの夢がかないそうですよ。
◆ ◆ ◆
(追記)2017.10.12(木)
この文中に新たに註を設けました。
この(註1)~(註3)は、長文なので別途の稿にしました
『近衛文麿の犯罪の記事への註釈文』