台湾の原住民・高砂族の素晴らしさ


中国と朝鮮半島プロパガンダと言われているNHK

ご存知、NHKはかって中国政府と組んで『NHK特集シルクロード』を作成・放映し、多くの日本人旅行者を中国核実験で高濃度に放射能汚染されている地に導き、日本旅行者を被爆させましたね。

そのNHKが、またまたNHKスペシャルで台湾の先住民を侮辱したが、今回は訴えられて敗訴したというニュースがありました。

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「差別的言葉で名誉毀損」 NHKに賠償命じる 台湾先住民族ら逆転勝訴
2013.11.28 23:05 

 NHKスペシャルで台湾先住民族への差別的表現があったと認定する判決が東京高裁で下された。1審の原告側全面敗訴から判決が一転した理由は。

〔関連トピックス〕NHK
 日本の台湾統治を扱ったNHKの番組内容で名誉を傷つけられたとして、出演した台湾先住民族パイワン族や視聴者ら計42人がNHKに損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で東京高裁は28日、「人間動物園」という言葉が台湾先住民族の女性に対する差別的表現で、名誉を傷つけたと認定、100万円の支払いを命じた。1審東京地裁判決は原告側の全面敗訴だった。

 1審で原告側は計約1億1000万円を請求していたが、原告数の減少に伴い2審では計710万円の支払いを求めていた。

 判決などによると、平成21年4月5日に、NHKスペシャル「シリーズJAPANデビュー」の第1回「アジアの“一等国”」で放送。

1910年にロンドンで開催され、パイワン族の生活状況を紹介した日英博覧会の写真に「人間動物園」とテロップを表示し、「イギリスやフランスは植民地の人々を盛んに見せ物にし、日本はそれをまねた」と紹介した。

 賠償を認められたパイワン族の高許月妹(こうきょ・げつまい)さん(83)の父はこの博覧会に参加。高許さんはNHKのインタビューに応じた。

 1審は「人間動物園」の表現について、「過去の歴史的事実として紹介したにすぎず、番組が原告の父親を動物扱いしているものではない」と認定。

しかし、2審で須藤典明裁判長は「深刻な人種差別的意味合いを持つ言葉で、パイワン族が野蛮で劣った人間で動物園の動物と同じように展示されたと放送した」とし、1審の判断を覆した。


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《問題のNHKスペシャル ユーチューブ》
捏造した歴史を語る反日プロパガンダNHK

NHKの大罪【台湾】JAPANデビュー 
アジアの一等国【台湾】4 人間動物園(9分強)                        http://www.youtube.com/watch?v=UGdU45VIXmA&feature=youtu.be

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私の記憶によれば、1910年にロンドンで開催された日英博覧会での日本のコーナーの一部では、台湾の過去の生活と日本が台湾を統治してからの台湾の生活を比較したもので、「人間動物園」とは無縁なものであったはず。

さすが日本国民を自虐史観に導こうとする中国・朝鮮半島プロパガンダNHK
そのNHKの報道を、何の疑いもなく、そのまま受け容れている幼稚な右脳の持ち主の中高年齢層。

然し、台湾の先住民族というと、直ぐに思い出されるのが高砂族ですね。
ご存知の方も多いと思いますが、改めて記事にしました。


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下記は、『高砂義勇隊』というブログ記事の一部ですが、是非、全文を読んで、台湾の先住民・高砂族の素晴らしさを少しでも知って欲しいものです。

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高砂義勇隊』
 高砂義勇隊(たかさごぎゆうたい)というのは大東亜戦争時に、台湾原住民により編成された日本軍の部隊のことです。フィリピン、ニューギニアなど密林地帯の戦場に投入するために創設されました。

 この高砂義勇隊は台湾の「高砂族」という山岳民族出身で構成されていますが、「高砂族」といっても実際はタイヤル族、トロック族、タウツア族、パイワン族、などなど複数の民族がおり、さらにパイワン族ピューマ族やアミ族などなど複数に分かれます。

(全文URL) ↓ クリック

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ユーチューブもあります。

多くの日本兵を救った精強「台湾高砂族」─日本の南洋戦略10
                           (5分弱)


米豪軍に一度も敗北しなかった高砂族「特別遊撃隊」─日本の南洋戦略11
                          (6分)



                 
高砂族」に関するエピソード引用
                   
    高砂義勇兵

先祖伝来の蕃刀(ばんとう)で密林を切り拓き、
食料となる動植物の知識も豊富で在り、敵に立ち向かう勇敢さ、
そして彼らの徹底した忠誠心にだれもが舌を巻いた。

彼らは素直で純真、責任感があり、ジャングルでは方向感覚に優れ、
音を聞き分ける能力も在り、夜目が利く。

又、軍靴などは装着せず素足で行動し、足音さえ立てずに
完全な暗闇のジャングルを縦横無尽に渡り歩いたと言う。
潜入攻撃、切り込み攻撃では群を抜いた活躍を見せ付け、日本兵の度肝を抜いた。

世界最強の傭兵と謡われる英国特殊部隊・王立グルカ連隊と
高砂義勇は互角以上に渡り合い、グルカ兵の待ち伏せや奇襲攻撃に対して斥候を買って出た。

又その日本の古武士に似て名誉を重んじ、任務完遂には命を惜しまず
勇戦する姿と能力が高く評価され、昭和19年から正規兵として採用され、
各地で抜群の働きをした。
又大変日本兵とも相性が良く、共に歌を口ずさみ共にふざけ合い、同じ夢を見て眠った。 

  (「高砂義勇伝」より)

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 「おにぎり」

ある元日本兵は、同じ部隊で戦い、戦死した高砂族を慰霊するため、この碑に赴き、そこで昼飯にと差し出されたおにぎりを見て、いきなり涙を流し、慟哭をはじめたそうです。

「俺はこの握り飯を彼の前で食うことはできない。」と。

彼の部隊は東南アジアで作戦中、食料不足で飢えに苦しみました。
そこで足腰が強く、ジャングルに強い高砂族の兵士が、遙か後方の基地まで食料を取りに行ったそうです。

しかし何日待っても帰ってこない。様子を見に行ったら、彼は部隊まであと少しというところで、両手一杯の米を抱えて餓死していた。

米を持ちながらの餓死。
信じられるでしょうか。

餓死するほどの限界に達しながらも、多くの日本兵が心待ちにしている食料には
一切手をつけなかったのです。

慟哭した元日本兵は、そんな彼の霊前で握り飯を食うことができなかったのです。

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 「返却された補償」

当時高砂族を部下に多数部下に持っていたある陸軍少尉は、戦友の病気見舞いに訪台、同時に日本政府が台湾の戦後処理を放置しているのを見かねて「我々日本人の恥である。戦友としてまことに忍びない。国が補償しないなら、おれがする。ほんの気持ちだけど・・・・・」
と旧部下の戦友20余名に各日本円10万円を 贈った。

高砂族の部下一同御温情に感泣して
「こんな金をいただくわけにはいかない」と誠意のみ頂戴して全部返したといいます。


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戦争はひどかったが、日本がひどいといった人はいなかった。
遠来の日本人に対するお世辞もあるだろうが、彼等は

「日本人は最後まで公平だった。われわれが死ぬとき、日本兵も一緒に死んだ」と、
むしろ僕を教え諭すようにいった。

「生涯で一番の思い出は?」とという僕の問いに 
「敗戦で日本に帰る途中、基隆で降ろされ、日本兵と別れたとき」と一人が答えると、
同期だったもう一人が「そうだなァ、やっぱりあの時だなァ」と相槌をうった。

「白い手ぬぐいを出して、両方で手をふりあって、船が見えなくなるまで、立ってましたよ。 国旗を取り上げられて、白旗しかないんだ。あの時、せめて日の丸をふってあげたかった・・・」
その言葉には、間違いのない実感があった。 


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作家の鈴木明氏が昭和50年(1975年)ごろに台湾を訪ねて、高砂義勇兵だった人に「日本に対して、日本の軍隊に対して、遠慮のない意見を言ってください、本当のことを言ってください」とお願いするとその人はこう答えています。

「戦いは本当に苦しかったが、自分は特に日本を恨んでいるということはない。我々は確かに殴られたり、苦しいことに会ったが、それは日本兵も同じで、我々だけが苦しかったわけではない。

日本の軍隊が、われわれだけを苦しい戦場に行かせたなどということは、絶対にない。我々の父の時代に比べれば、日本時代はずっと生活がよくなったし、現在は日本時代に比べれば、また生活がよくなっている。だから、誰を恨むということはない」

 また、他の義勇隊だった人に「義勇隊にとられた時は、どんな気持ちがしましたか?」と聞くと、

「とられたのではありません。自分で行ったのです。自分の精神で行ったのだから、誰にも文句はいいません」

 と語気を強めて言いました。高砂族、それは誇り高い民族でした。



      素晴らしい民族・高砂族
      そして彼らが今も信奉するのは、日本の『大和魂』ですね。水無瀬



(注)今日のもう一つの更新記事
『今年のパカパカ競馬の収支は』