白文鳥ピピとのお別れ①別れを告げにきたピピ

 
イメージ 1 実は、ピピは、平成23年(昨年)11月12日未明に逝去しました。
 
享年9歳。
我家に迷い鳥としてきたのが2003年4月27日。
 
それから満8年と6ヶ月ですから、恐らく満9歳と思われます。
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亡くなる前日(11月11日)の夜のことです。
 
ピピの就寝時刻が近づいた時に、ピピは老衰した右足を引きずりながら這うように私の寝ている布団の傍まで来ました。
 
私はピピを左の手の平の中で握り、いつものように右手で頭を撫でました。

その時、ピピは間を置いて絶え絶えにクゥ~、クゥ~と息を吐くのです。苦しそうに。
 
「おかあさん、ピピが変だ!」と私はリビングにいる妻の方に握っているピピを差し出しました。
 
するとピピは私の手から抜けて床に下り、脚を引きずりながら餌場まで行き、いつもの倍以上の餌を食べ、そして水を飲みました。
 
「こんなに食欲旺盛なら心配するのではなかった」と思いましたね。
ピピは就寝前の食事が終り、足を引きずりながら寝床の鏡台に歩みます。
 
イメージ 2 
妻はいつもの通りピピを持ち上げ、抱いて鏡台の穴倉に就寝させました。
 
この寝床は、20wヒーターで床暖していますから寒くはないのです。
 
「大丈夫か?」と、私も敷き毛布に腰を落としているピピを覗きました。
 
ピピのブレスは、いつもの正常なもので安心しました。
 
それから慣例の「おやすみ」と言ってピピの寝床の入口を毛布で閉めました。
 
 
夜中に目が覚めました。

真っ暗闇の中、目を閉じているのに午前1時半を指す時計の針が見えました。
 
何故こういうのが見えるのだろう?と一瞬不思議に思いましたが、とにもかくにも眠い! 寝たのが午前零時前で熟睡に入った時ですから。
 
起きようかと思いましたが、そのまま眠ってしまいました。
これが失敗!

就寝前のピピは、いつも通りでしたから全く心配していなかったのです。
 
 
そして12日の朝が来ました。
 
我等は6時半に起床してもピピは起きてきません。これはよくあること。「ネボスケピピ」と我等が呼んでいたのですから。
 
午前7時になっても音沙汰なし。
起きたい時には声を出すのに。
 
妻がピピを起そうと、寝床を覗いたとたん声をあげました。
「おとうさん、早く来て! ピピが変!」
 
直ぐに駆け寄り寝床を覗くと、ピピは頭・首・身体全体を床に付けたまま。直ぐに手を伸ばし、ピピを取り出しました。
 
首が据わらず、目は閉じ、身体には何の筋力も感じませんでした。
「ピピ!ピピ!」と何度か叫びましたが、左手の中のピピは微動だにせず。
 
心臓マッサージと人工呼吸をしようと、ピピの胸に触れた時に、胃袋が全くの空なのでした。前夜あれ程食べたのに。
 
身体は温かく嘴(くちばし)は紅く、両脚はピンク色。
暖かいのは床暖をしていたからでしょうか。
それとも、亡くなってから間もないということなのでしょうか。
 
胃袋が空なのは、やはり未明まで生存していたことなのでしょうか。
それとも、前夜餌を食べようとしたけれど、餌の殻を割る力が無く倍の時間をかけても食べることが出来なかったということでしょうか。
 
薄目を開けていましたので閉じてあげました。乾いた目でした。
それからずっと妻と交互にピピを手の平で抱き続けました。
 
                          つづく

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2012/11/13(火)