孫達をどう生き延びさせるかは爺婆の責務かも
「M9の大地震の後では、火山噴火の危険性が高まる ! 」
要旨を箇条書きにすると以下の通り
① 火山噴火は数時間~数日前に把握できる。
但し、直前の現象を捉えられないケースも有り。
② M9クラスの地震の後には、火山噴火を誘発。
1000年ぶりの噴火が起きる
③ 日本列島は、3.11を境に大変化。
これからの数十年は火山の噴火が起きる。
④先進国G8のうち、国土全体が地震・火山の脅威にさらされるのは日本だけ。
この時は、京都で民家などが倒壊。特に摂津(大阪)がひどかった。
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然し、西日本も怖いですね。東海も含めて。
以下、主要な地震を抜粋。
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『太平記』には「山は崩て谷を埋み、海は傾て陸地に成しかば、神社仏閣倒れ破れ、牛馬人民の死傷する事、幾千萬と云数を知ず」と記述され、阿波の雪湊(現・徳島県美波町由岐地区)において大津波で1700余りの家が流失した様子も記され「家に居た僧俗男女、牛馬鶏犬。一つも残らず海底のもくずとなった」とある。
阿波における被害記録が確認されているのは『太平記』のみであり、その他の古文書からは確認できないが、雪湊は『平家物語』にも登場し、この頃、土佐および九州への中継の立寄り湊として1700余戸の家数を持つ当時としては大きな湊町であったことは妥当であると推定される。
また6月22日の地震(前震)の日は盛夏にも関わらず冬至前後の様な寒さで雪が降りだしたことが記録されている。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E5%B9%B3%E5%9C%B0%E9%9C%87
(2)宝永地震(ほうえい じしん)は、江戸時代の宝永4年丁亥10月4日壬午の午下刻 –未上刻(1707年10月28日13 - 14時頃)、遠州灘沖から紀伊半島沖(北緯33.2度、東経135.9度)を震源として発生した巨大地震。
また、宝永地震の4年前(1703年)には元号を「宝永」へと改元するに至らしめた関東地震の一つである元禄地震が発生している。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9D%E6%B0%B8%E5%9C%B0%E9%9C%87
宝永地震については、同じ南海トラフ上にある九州・日向灘でも同時に地震が起きた「4連動地震」の説もあり、東京大や京都大などのチームは「300~500年周期で4連動地震が発生している可能性がある」とする。その場合、破壊される断層は約700キロに達し、東日本大震災の約500kmを上回る。
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「願わくば心あらん人、年々文字よみ安きよう墨を入れたまふべし」。
碑文がそう結んでいるのは、被災体験を風化させることなく後世に伝えよとの願いである
▲東海、東南海、南海の3地震が同時発生したのが宝永地震だ。近い将来に予測される3地震の連動である。そこに耳目が集まる中で起きた東日本大震災だ。M9.0という世界最大級の規模も、この地域での巨大地震の連動も想定外だった
以上で転載おわり
多少安心できる地域はオホーツク海沿いの内陸かも。トホホ!
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