屈辱と絶望の日




《一度は諦めて》



当時、D大学に通学している神戸の女子学生が有名でしたね。
社長令嬢で、通学は真っ赤なポルシェ(形式911?)。

ヘッドスタイルはケロヨンでしたね。
これを運転して名神高速を往復。時速200km? フュンと追い越して行くそうです。

今では驚かないスピードですが、40年前は驚愕。何しろ当時の新幹線より早い。
駐車場所は、大学の垣根沿いの路上。その車を見に行きましたね。

その頃の学生の服装は、K大はブレザーか暗めのセーター。学生服が一部。R大は、学生服が大半。
反して、D大はお花畑のような服装。カラフルでしたね。当時は金で入学出来ましたからね。




さてさて、二月にD大の二つの学部を受験する事にしました。

最初の受験の時は、また何か起きるのでは?とビクビクでした。
案の定、数学の問題を一つも解けませんでした。英語も国語もメタメタ。

こりゃ遺憾! 絶望!
試験が終わったその日、うなぎの寝床の食堂での夕食時、同居しているR大卒業間近の荒田君と会いました。

彼「お~、試験はどうじゃった?」
私「絶望だよ。これから飲みに行こう!」
彼「なあ、こういう時には酒で誤魔化したら遺憾!」

彼にこう言われるのは二度目でしたね。一度目は彼が運転免許をとって間もない頃、うなぎの寝床からガレージの住居に帰る時に、彼は、軽四の運転を私にせよと言うのです。

トロトロ走りましたね。路地を。当時、前後2~3m程しかガレージで動かした事が無いのに。
処がこのボンネットタイプ軽四はハンドルに遊びが無い。

じっとハンドルを持っていても道の凹凸に反応し、左や右に曲がるのです。
勝手に右に曲がったのでブレーキを踏むつもりがアクセルを踏む。あわてたのです。

路地の右側の家の壁にドンと当たり、左にハンドルを切ったら、今度は左の酒屋に飛び込んでようやく停まりましたね。すぐさま彼が身代わり。

この時も「飲みに行こう!」と言いましたら、「こういう時は酒を飲んだら遺憾!」

それが最初で、今回が二度目でしたが、今回は一人で居酒屋横居に飲みに行きました。
数学を一問も解けない屈辱と絶望感! もう大学はヤンペ! 諦めました。