初めて体験した予知夢

私の履歴書・45〈中学時代-18〉

1960年(昭和34年)三月末、中学三年になる数日前、夢を見ました。
二年間同じクラスで友達でもあった藤君と、別のクラスの級長との三人でストーブにあたっている姿です。

これは、ひょっとして、新三年生のクラス替えで、一緒のクラスになるのかな?と思いました。
案の定、三年の初登校日のクラス替え掲示板には、三人の名前が同じクラス。
びっくりしましたね。予知夢を見たのは、これが、初めての体験でした。



さて新しく三年生になって早々、ドヤドヤと新二年生が10人程やって来ました。
「中学時代二年生」5月号(旺文社4月発売)の雑誌を抱えて。

「載っているよ! 載っているよ!」とその雑誌を広げた一頁を見せてくれました。
中学一年生になったばかりの時と同じ現象なのです。私に知らせると同時に、私の顔を見に来たのです。


見ると、私の投稿した感想文が確かに私の名前で載っていました。一月末頃に投稿したものです。
この短文の掲載は今でもはっきりと思い出すことが出来ます。


黄色っぽい紙面の右上に欄囲いでした。
映画「老人と海」(ヘミングウエイ原作)を観た感想文です。


実は、映画は全くつまらないもので、いつ映画館から途中退場しようか、という代物でした。
人生の黄昏を、当時の私では理解出来なかったのですね。恋愛物で投稿するわけにはいきませんし。


ならば、よし! これで一丁、書くか!
葉書に下書き無しに書き始めました。字が大きすぎて書き切れません。


二枚目は、あれやこれやと各内容が増えて、またもや書き切れず。
こんな繰り返しで、ようやく葉書に文章が収まったのが5枚目でしたからね。
苦労した力作でしたから、忘れないはずです。




翌月も、ドヤドヤと下級生がやって来ました。
「また載っているよ!」


苦笑しました。板を彫刻刀で彫って墨で塗ってそれを紙に押し当てた版画です。
冬休みの宿題で、いやいやながら彫ったものです。


葉書寸法ですから、もののはずみで、それを葉書に押し当て刷って投稿したのです。
題は「雪国」。自宅の屋根の雪が垂れ下がり、その下は雪の山です。


この寸評が、この版画を褒めちぎったものでした。
「雪国の長く厳しい冬が、よく表現されています。素晴らしい!!」
無論、版画部門で「第一席」。


他方、冬休み明けにこの版画を提出した学校の図工の先生の評価では、佳作にも入らず。
こそばい気持ちでしたね。




イメージ 1

旺文社からこの版画で頂いたもの。

副賞は、万年筆とシャープペンシルのセット。

12月の帰郷の際、たまたま見つけました。