渋谷・忠犬ハチ公での宵闇の待ち合わせ
《東京駅①》
中学二年の春、転校していった智子さん。
クラス全員が智子さんに手紙を書きました。
中学二年の春、転校していった智子さん。
クラス全員が智子さんに手紙を書きました。
その返事が自宅に来ました。
それに再度こちらから手紙を書きました。
それに再度こちらから手紙を書きました。
その後のクラスや学校の事等を聞いて来ましたから。
それから満七年続いた訳です。
それから満七年続いた訳です。
☆ ☆ ☆
文通三年目から私の手紙の内容は豹変しました。
或る人への想いの苦しい胸の内を明かすものとなりました。
迷惑な話しだったでしょう。
或る人への想いの苦しい胸の内を明かすものとなりました。
迷惑な話しだったでしょう。
智子さんからの手紙のペンの色は、ブルーへ。
いつの間にかグリーンへ。
いつの間にかグリーンへ。
ある時は、ブルーで書き始めたられたものが便箋の途中からグリーンへ。
遂に、文の最初からレッドへ。
遂に、文の最初からレッドへ。
赤い文字は、文通打ち切りのサイン。
知っていましたが、知らん振り。
知っていましたが、知らん振り。
それから何通かは一方的にこちらから手紙を書きました。
時々の返信も、全て赤い文字。
時々の返信も、全て赤い文字。
☆ ☆ ☆
高校卒業後、智子さんは東京へ。私は京都へ。
穏やかな近況を伝え合う手紙となりました。
智子さんからの文字はブラック。
穏やかな近況を伝え合う手紙となりました。
智子さんからの文字はブラック。
文通は年に一度弱となりました。
京都での三年目の春、一度、会いたいと言う手紙が来ました。
高校の卒業アルバムを見たいと言ってきました。
京都での三年目の春、一度、会いたいと言う手紙が来ました。
高校の卒業アルバムを見たいと言ってきました。
アルバムと数枚の手持ちの写真を全部持参しました。
私の写っている顔は全部切り抜いて。
私の写っている顔は全部切り抜いて。
「これをあなたにあげます。私には、もう、必要が無いものです」と。
私にとっては、過去との別離のつもりでした。
私にとっては、過去との別離のつもりでした。
☆ ☆ ☆
京都に帰ってから間も無く、電話がかかってきました。何度か。
また会いたいと言ってきました。
また会いたいと言ってきました。
最初に会ってから二ヶ月後、再度、東京に行きました。
前日に東京の友人の部屋に宿泊しました。
前日に東京の友人の部屋に宿泊しました。
選んだのは、銀製のコンパクト。
当時、4千円でした。
それに、赤いリボンを付けて。
当時、4千円でした。
それに、赤いリボンを付けて。
そこだけが薄明かりに微かに輝く彼女の笑顔。素敵でした。
電車に乗り、彼女は、私を居酒屋に連れて行きました。
彼女のアパートの近くでした。
電車に乗り、彼女は、私を居酒屋に連れて行きました。
彼女のアパートの近くでした。
彼女にその銀のコンパクトをプレゼントしました。
今までの文通の感謝の意味で。
今までの文通の感謝の意味で。
今までの何年間に亘る私の一方的な手紙の非礼を赦してもらう為に。
でも、口で言う事が出来ませんでした。
でも、口で言う事が出来ませんでした。
彼女は話しました。
彼女の両親の事、弟の事。諸々。
彼女の両親の事、弟の事。諸々。
時間だけが、どんどん経っていきました。あっと言う間に。
夜は更けました。私は、そこでさよならしました。
夜は更けました。私は、そこでさよならしました。
生活力の無い私には、この時間が限界でした。
東京の大学に進学せず、京都の大学に行ったのと同じ理由でした。
東京の大学に進学せず、京都の大学に行ったのと同じ理由でした。
鷺ノ宮駅着は終電でした。暗い畑の中の路をうなだれて歩きました。
続く