2007-01-27 早春に輝く一枚の紅い葉 水無瀬散策紀 #春 今回は、古典に登場する水無瀬の歌です 早春の一月下旬、水ぬるむ「水無瀬の滝」の途中にかかるひとひらの枯葉を見る。 その姿は、隠岐に流された後鳥羽上皇の身を暗示するかのようだった。 「 水無瀬山 せきいれし滝の 秋の月 おもひ出ずるも 涙なりけり 」 家隆が、隠岐に流された後鳥羽上皇を偲んだ歌です。 藤原 家隆 (『新古今和歌集』の撰者の一人) ☆ ☆ ☆ 水無瀬の滝は、水無瀬川と共に、古来より歌に詠まれる景勝地でした。 平安朝の頃は、狩猟、春の桜、秋の紅葉と大宮人が優雅に遊び興じた処です。 尚、「水無瀬川」は、古来歌枕として知られ、万葉集以来、数多く詠歌があります。 「言急かは 中ゆ淀まし 水無瀬川 絶えてそ事を ありこすなゆめ」柿本人麿/万葉集 「恋にもぞ 人は死する水無瀬川 下ゆわれやす月に日に異に」読人不知/万葉集・巻四・598 「あひ見ねば こひこそまされ みなせ河 なににふかめて おもひそめけむ」 読人不知/古今集・巻十五・恋歌五・760 「みなせ川 ありてゆく水なくはこそ つひにわが身を絶えぬと思はめ」 読人不知/古今集・巻十五・恋歌五・793 「ことに出でて 言はぬばかりそ 水無瀬川 下に通ひて 恋しきものを」 紀友則/古今集・巻十二・恋歌二・607 「水無頼川 をちの通路 みつ満ちて 舟わたりする 五月雨のころ」西行/山家集 「見わたせは 山本霞む 水無瀬川 夕は秋と 何おもひけん」後鳥羽院/増鏡 「川はみな瀬川」清少納言/枕草子 参考:「史跡をたずねて」島本町教育委員会