昭和天皇と大東亜戦争


私たちが教科書やマスメディアで知らされている歴史は、プロパガンダで捏造されたものや、もしくは断片的な現象面だけである。

物事の本質を知ろうとしないと、GHQの日本人劣等化戦略により、小学校低学年から記憶脳回路だけ発達させられ、思考脳回路の未熟なまま故に、テレビや新聞を何の疑いもなく受け入れる大人になっている。

好例としては英語を中高6年間も習ったはずなのに、話す英語は『This is a pen.』の域で、外人との交流を間接的だがまさに禁じた教育であった。他方、昨今の簡単にオレオレ詐欺の餌食になっていることでも言える。あれほどマスメディアで騒がれていても、毎年毎年、被害額はどんどん増えていっている。考えられない程の未成熟の単純思考回路だからである。

◎本題の前に過去の記事再点検

墓場まで持って行く為の秘密保護法?2013/11/24(日)
下の画像は、日航ジャンボ機墜落現場の写真である。不思議なことに、周囲の木々は燃えていないのに、中央左の人間の顔だけが真っ黒く焼け焦げている。

1985年8月13日JAL123便 群馬県御巣鷹山に墜落。乗員乗客524名中生存者は僅か4名。日航123便墜落事故の翌月22日、歴史的なプラザ合意から円ドル為替レートが250円/ドル台から1年後には一気に120円/ドル台に円が急騰。当時の首相中曽根康弘曰く 「日航機事件の真実は墓場まで持っていく」

福知山線脱線事故を再思考する 2015/4/24(金) 
イメージ 1

初期の報道では潰れた白いワゴン車とその横で倒れてる人がTVに映っていたが、 その後、この車の存在自体が無かったことにされてる。この事故での全死亡者の名簿を私独自で作成していたが、そこにも白いワゴンでの死亡者:李嘉晃さんの名前は無い。

JR福知山線の上り快速が脱線事故が起きた4月25日の翌々日の27日、政府(小泉純一郎首相)が臨時閣議郵政民営化法案を決定、国会に提出した。

大東亜戦争:侵略したのは米国 2014/8/7(木) 
アメリカは、南方諸島を植民地化し、更に植民地を拡大しようとすると日本が邪魔故に、アメリカにはどうしても日本と戦争をする必要がった。

大東亜戦争が始まる前からアメリカは、満州朝鮮半島・台湾を狙い、中国を使って満州に侵略していた。ハミルトン・フィッシュの言うように、そもそも日本の領土への侵略戦争を始めたのはアメリカである。

山本五十六記念館『赤い日本人形の秘密』 2016/9/13(火) 
山本五十六が「ますみ」(真珠湾)と命名した日本人形に秘密がある。

真珠湾は、フランクリン・ルーズベルト日本海軍の山本提督の共謀であった。
『The attack on Pearl Harbor is the strategy of President Roosevelt』
真珠湾への攻撃は、ルーズベルト大統領の戦略だ。

米国人から見た真珠湾攻撃とは、ルーズベルト大統領の指揮下で山本五十六が部下に演じさせたもの。1941年11月29日、米国務長官コーデル・ハルニューヨークタイムズの記者に、パールハーバーは12月7日に攻撃される予定であること表明した。

ルーズベルトと五十六の真珠湾シナリオ 2016/12/12(月)
Day of Deceit: The Truth About FDR and Pearl Harbor
欺瞞の日:FDR(ルーズベルト大統領)と真珠湾の真実
著者 Robert Stinnett(ロバート・スティネット)
Pearl Harbor: Official Lies in an American War Tragedy? | Robert B. Stinnett
真珠湾アメリカの戦争悲劇は公然たる嘘? | ロバート・B・スティネット

昭和天皇と広島・長崎の原爆 2017/8/6(日)
大東亜戦争(太平洋戦争)が始まる前に、昭和天皇の側近である木戸幸一内大臣の日記より。「日米は開戦し、それにソ連が参戦し、日本は負けて、米国とソ連が勝利する。日本は敗戦から10年後に復活する」・・・つまり、昭和天皇は開戦前、既にこのシナリオを知っていたことを意味する。

更に言うならば、広島原爆投下の10日前の7月26日に受け取ったポツダム宣言。7月末に受諾であったが、米国に原爆を落とすまで待てと言われ、8月、広島・長崎で原爆2発炸裂後、昭和天皇は「終戦詔書」の玉音放送を8月14日に録音、翌15日、ラジオ放送で全国に報道された・・・・・。

アウシュビッツの茶番劇は今も続く 2016/6/18(土)

ホロコースト(大虐殺)は無かった。『ナチスによるユダヤ人大虐殺』はイスラエル建国の為の戦後の捏造であることはユダヤ人の世界人口統計による証明される。

アンネの日記」は少女アンネ・フランクが書いたものではなく、ユダヤアメリカ人作家メイヤー・レビン(男性)が創作した小説。小説だから当然内容もフィクションでホロコースト(大虐殺)などは無かった。依頼者は、アンネの父、ユダヤ系ドイツ人、オットー・ハインリヒ・フランク。

19人殺害:簡単に洗脳される日本の若者 2016/7/29(金) 
ナチスの収容所で死んだユダヤ人は600万人ではなく、僅か3万人であり、然も、その死因は毒ガスではなく、ユダヤ人の不潔さから蔓延した発疹チフスである。

[ナチスの収容所での各月別死亡者数グラフ]
※ 赤色がユダヤ人。青色がユダヤ人も含めた全死亡者数。
上記グラフでの死亡主原因はシラミの媒体による発疹チフスの蔓延によるもの。1942年の夏、発疹チフスが初めてアウシュヴィッツ収容所で勃発した。

彼らは排尿するのにトイレに行かず床にする。入浴も拒否し抵抗する。髪や衣服を定期的に洗う習慣がないから、頭や衣服はシラミだらけ。故に、発疹チフスの蔓延を防ぐために彼らは頭髪を老若男女を問わず剃られたのである。

戦後のイスラエル建国のための国民となすべく、各収容所に送られたユダヤ人たちは世に知られている虐殺とは全く逆で、大切に扱われていた。

故に、収容所内で出会った男女の結婚は自由で、アウシュヴィッツ収容所の結婚証明書が発行されていた。収容所内には劇場やスポーツ施設が完備され、無論、育児所もあった。

収容所の子供も大人も健康。 
但し、悪臭がひどく中に入れなかったそうだ
戦後、ロシアが管理を引き継ぐことになったアウシュヴィッツ収容所。子供も大人もふくよかで健康に見える。この時、ロシア兵が悩まされたのが、彼らユダヤ人の住居の強烈な悪臭である。これは他の収容所の管理を引き受けた英兵も述べている。

さて本題
以下の記事は私が2009年2月にSDカードに保存していたものである。以降、昭和天皇に関してネットで検証してきた結果、間違いはないと思えるのでここに掲載する。尚、原文のURLは既に消去されている。


天皇のロザリオ 上巻 日本キリスト教国化の策謀 鬼塚英昭 (著)2006/7/8

(注)成甲書房という出版社名が掲載されていないのは、出版社が在日だからです。
イメージ 3

1947年1月21日、米国統合参謀本部GHQに、「日本国の賠償金の原資を確保せよ」との命令とともにひとつの文書を送付した。

「皇族あるいは、彼または彼女の資産の受取人名義人は、事実上国会の管轄外に置かれてきた。このため当委員会は、降伏時における、皇室、宮内省、および全皇族ならびにその名義人の比較的価値のない純粋な物品または骨董品を除く所有財産すべての品目の詳細且つ完全な目録(売却方法を含めて)の入手を望むものである。」

さて、私は日本郵船については書いた。大阪商船の株も皇室は持っていた。この二社の船が、天皇が「火事場泥棒方式」で侵略していった地域へ、物資、機械、人間を運ぶのに使われた。三菱と三井のみならず、住友以下の財閥とも皇室は深く結ばれていた。

また、皇室の銀行支配も徹底していた。皇室は日本銀行の47%の株を持っていた。紙幣を発行するたびに、公定歩合を調整するたびに、莫大な利益が皇室に流れた。

日銀の他に注目しなければならないのが、横浜正金銀行である。「皇室財産が大部分、横浜正金銀行を通じて海外に運び出された」とベアが書いているのは厳然たる事実である。

ポール・マニングは、『米従軍記者が見た昭和天皇』の中で次のように書いている。

昭和天皇がヨーロッパの金融市場で影響力を持つことができたのは、日本銀行ほど厳しい規制を受けない民間銀行である横浜正金銀行の株を保有していたからである。天皇は全発行株数の22%に当たる22万4912株を保有する最も重要な大株主であり、二番目の大株主は2万2000株しか保有していなかった。」

2001年8月13日、共同通信社はスイス政府とスイスの赤十字委員会(ICRC)の1945年8月、終戦直前の公文書を報道した。その内容を記すことにする。簡単にわかりやすく解説する。

終戦直前の8月、昭和天皇の皇后(良子)の名で一千万スイス・フラン(当時と現在のスイス・フランの購買力を単純に比較しても約33億円)の巨額な寄付をするとスイスの赤十字国際委員会(ICRA)に提示した。

これに対し、連合国である対日政策決定機関の極東委員会が、この寄付申し込みを受け入れるなと赤十字に通達を出した。しかし、赤十字はこの極東委員会の提案を覆し、1949年5月に秘密裡に送金を受け入れた。この寄付は横浜正金銀行スイス国立銀行保有していた「日本の秘密口座」と呼ばれた「特別勘定」から拠出された。

皇室はスイスの国立銀行に秘密口座を持っていたし、現在も持っている。どうして天皇が自分の名前でなく皇后名で横浜正金銀行からスイスに送金したかは不明である。

しかし、推測してみよう。2001年の評価額で約33億円の金を赤十字に寄付するということは、赤十字と何らかの秘密取引をしたとしか考えられない。寄付の数十倍ないし数百倍の秘密預金を、赤十字の名前を借りるか、その力添えでスイスの国立銀行の秘密口座に入れたということであろう。

終戦直前の8月7日、東郷茂徳(当時外相)が、赤十字の駐日代表に皇后名で一千万スイス・フランの寄付を申し入れた。赤十字は応じた。しかし、スイス政府は8月16日に英米などとの合意に基づき、日本資産を凍結した。

1949年に赤十字英米による圧力下の日本資産凍結の圧力を覆し、一千万スイス・フランの寄付を正式に認めたということは、横浜正金銀行天皇の「秘密口座」の資金の凍結を解除するための努力の見返りであったといえよう。正確な金額は把握できていない。前述のマニングは昭和天皇の秘密資産の一部について次のように書いている。

天皇はハイテク電子工業とホテルへの適切な投資で得た推定五千万ドルを公認の手持ち資金として個人的に東京で貯蓄することができた。この投資を可能にしたのが、スイスにある推定30億ドルの秘密資産である。この秘密資産の一部をさまざまな一流企業に融資した天皇は、投資の機会を得て、かなりの額の利益を得たのである。」<中略>

天皇は(表面的には皇后名であるが)、執拗にこの寄付に力をそそいだものと思われる。この紛争は1946年6月、極東委員会と連合国軍総司令部GHQ)にゆだねられた。極東委員会はこの年の10月、「ICRCの主張に根拠はない」として送金禁止を決定した。マッカーサーの決定ですべてが終わったかにみえた。

しかし、赤十字アメリカの弁護士を雇い、マッカーサーに脅しをかけた。マッカーサーは解任の動きを知る。この問題がからんでいると私は推測する。しかし、今のところ確証はない。そしてついに極東委員会も、この問題に反対し続けた英国政府も、赤十字の工作に敗北宣言を出した。<中略>

赤十字は私たちが考えるようなナイチンゲールの世界ではない。国際金融資本、特にユダヤ資本と深く結びついている。

彼らは朝鮮戦争を仕掛けるために、天皇が必要だったのではないのか。天皇は彼らの要望に応えると約束したために、秘密資金の凍結を解除されたと推定しても、そう間違った推測とはならないであろう。


「日本のいちばん醜い日」 鬼塚英昭 著  2007/7/21

イメージ 2

アメリカは公式には日本への石油の輸出を禁止した。しかし、アメリカ国籍の船、または日本国籍の船によるものが禁止されただけであった。

あの太平洋戦争中も秘密ルートでアメリカの石油、重要な原料(タングステン、四塩化エチル等)が日本へ送られた。これが戦争の本当の姿なのだ。昭和天皇はこのからくりを知っていたが、近衛首相や木戸幸一内大臣に秘密にしていた。

あの国際赤十字社のシステムは、戦傷者を救うためにつくられたのではない。国際金融同盟の連中が、商売(=戦争)をスムーズに長きにわたって続けるためにつくられたのである。

太平洋の委任統治諸島で密かに石油や重要物資が日本の赤十字の船に移される。この船は攻撃できないという国際条約ができているので、安心して石油や重要物資を日本は購入できた。


『原爆の秘密 (国内編)昭和天皇は知っていた』 鬼塚英昭 (著)2008/7/19

(注)成甲書房という出版社名が掲載されていないのは、出版社が在日だからです。

イメージ 4
内容紹介
日本人はまだ原爆の真実を知らない
原爆はどうして広島と長崎に落とされたのか?多くの本は、軍国主義国家たる日本を敗北させるために、また、ソヴィエトが日本進攻をする前に落とした、とか書いている。

なかでも、アメリカ軍が日本本土に上陸して決戦となれば多数の死者を出すことが考えられるので、しかたなく原爆を投下した、という説が有力である。しかし私は広島と長崎に原爆が落とされた最大の原因は、核兵器カルテルが狂気ともいえる金儲けに走ったからであるとする説を推す。(以下省略)

カスタマーレビューの一部抜粋)
ヨハンセングループと天皇
投稿者akrtmd2015年6月2日

吉田茂を首班とするヨハンセングループは天皇と共に戦争の早期終結を図っていた。駐日グルー米大使と親しかった彼らは日本の戦略、戦術を即時グルーに報告するとともに、米国の戦略や戦術の情報を彼から得て天皇に報告していた。 

吉田が重用した白洲次郎は麻薬取引にも関与しており、明らかに英米の2重スパイだったと思われる。 原爆開発の情報もこのグループを通じて天皇は事前に知っていたと著者は推論する。 

広東にいてインド・ニューデリー放送を聞いていた日本の情報部員は広島、長崎の投下日時を事前に察知している。 これを握りつぶしたのは大本営本部である。 米国放送も非戦闘員は広島から逃げるように警告している。 

原爆投下後に国際赤十字の支援を断ったのも日本政府である。被爆者を捨て置けと命令し、海外の在留邦人の帰国を無視し棄民化しようとしたのも日本政府である。 

戦後の政府はCIA要員となった政治家や右翼によって運営される。日本のマスコミには厳しいプレス・コードが適用される。 天皇制や原爆投下の議論はタブーとされる。 国際法違反との日本政府の抗議は無視される。無条件降伏した日本の正論は今日まで封印されたままである。 著者がその重い扉を少しずつこじ開けてくれている。 

日本最大の売国奴、密告の書?
投稿者tenbun2013年1月18日
(一部抜粋)

原爆投下時に広島県長と長崎県長は被爆を逃れ、投下後の処理を行った。これは偶然だろうか?

長崎の被爆地の捕虜収容所の捕虜はなぜか被爆を逃れている。なぜか?

広島原爆投下の前日に天皇家から赤十字に多額の寄付金が振り込まれている。どういうことか?

なぜ、天皇東京裁判で戦争責任を追求されなかったのか?

戦慄を覚える一冊だった。
投稿者河童の川流れ2010年4月16日

アメリカ合衆国第34代大統領だった”ドワイト・デーヴィッド・アイゼンハワー”が退任演説のなかで非常に重大な言葉を残しています。

それは、アメリカの軍事産業と政管の癒着とも思えることに対しての未来への危惧を表すものでした。第二次世界大戦後65年経った今でも、アメリカが抱え込んでいる大きな問題であることを示唆していたのです。

アイゼンハワーは、アメリカの軍産複合体(Military-industrial complex)への警告を、この退任演説の中に入れていることは、非常に評価できることだったのですが、残念ながら、この演説で彼が危惧したことが、その後もアメリカが世界のどこかで絶え間なく戦争をしていることによって、彼の警告が無為に終わってしまっていることを証明しています。

本書を読んでいて、広島、長崎、への原爆投下が、この恐ろしい軍産複合体の黒幕たちによって進められた必然だったことにたいして言い知れぬ恐怖と怒りを感じてしまった。本書の中で天皇のことにも触れて書かれていたが、このようなことが真実だったならば、と戦慄を憶えて読み終わった。


(お時間のある方は以下もどうぞ)

次期天皇の問題
次世代天皇では神事が消える
ここでも天皇陛下秋篠宮を含む各宮家の献辞の名前はあるが、東宮家(徳仁皇太子)の名前はない。

韓国が建てた雅子妃母子像の真偽の検証
 この撮った画像に説明書きが付いている。
『Japanese Princess Masako, with her baby』
『赤ん坊を抱く日本の雅子妃』

書庫『国際金融資本』の目次と要点(1)
(記事掲載期間 2012/01/20~2014/04/22

書庫『国際金融資本』の目次と要点(2)
記事掲載期間 2014/5/15(木) ~2015/1/23(金)

書庫『米国とは』 目次と要点 (1)

(お願い)転載される場合は、一言、声をおかけください。私が、今後、この記事に加筆や一部訂正した場合、掲載画像の一部が転載した記事では消える恐れがありますから。