アウシュビッツの茶番劇は今も続く


第二次世界大戦中、ナチスによるアウシュビッツ強制収容所でのホロコーストユダヤ人大虐殺)は無かった。然し、ドイツでは依然と捏造された歴史に基づいて動いている。これは、ドイツ国は、シオニストの国際金融資本に支配されていることを意味する。


今も続く茶番劇
アウシュビッツ元看守に禁錮5年=94歳、殺人ほう助―独

時事通信  2016年6月17日(金)
【ベルリン時事】DPA通信などによると、ドイツ西部デトモルトの裁判所は17日、第2次大戦中に現在のポーランドにあったナチスアウシュビッツ強制収容所で看守を務め、約17万人の殺人をほう助した罪に問われていた元ナチス親衛隊員ラインホルト・ハニング被告(94)に、禁錮5年の判決を言い渡した。

 検察は被告が看守の役割を通じ、収容所で行われていたユダヤ人らの虐殺に加担したと訴え、禁錮6年を求刑。弁護側は被告が殺害に直接関与していなかったとして、無罪を求めていた。被告は裁判で、収容所の任務に就いていたことについて「恥ずかしく思い、深く後悔している」と謝罪していた。


ナチスロンメル将軍の参謀長は、戦後、NATOの初代事務総長に就任。


第二次大戦終了後に設立されたNATO北大西洋条約機講)の初代事務総長は、なんと敗戦国ドイツの西部方面司令官ロンメル将軍の参謀長ハンス・シュパイデルである。

ナチスの原爆の管理担当者が、戦争終了直後に、それまでの敵軍つまり連合軍側の形を変えた総合責任者になれたのは何故だろう。シュパイデルは連合軍にどんな貢献をしたのだろうか。

ナチス製原爆は、ドイツの英雄ロンメル将軍麾下のシュパイデル参謀長が管理した。アフリカ戦線から撤退したロンメル将軍は、反ヒトラーグループ「黒いオーケストラ」と内通し、ベルギーに根を張る国際金融資本のコネクションを通じて、ナチス製原爆を1944年11月にアメリカのアイゼンハワー連合軍最高司令長官に引き渡した。 

広島・長崎原爆投下再思考  2016/5/25(水)

(参考)
ヒトラー側近のナンバーワンで金庫番だったマルチン・ボルマンは英特殊部隊による『JB作戦』で戦火のベルリンから拉致(救出?)され、英国に連行された。(中略)

後、ボルマンは整形手術を受け、イギリス滞在中にブラジルやアルゼンチンなどの南米諸国や他の地域に行っていた。その後ボルマンは1959年2月に南米パラグアイで死んだ。


ホロコースト(大虐殺)は無かった。『ナチスによるユダヤ人大虐殺』はイスラエル建国の為の戦後の捏造であるというユダヤ人世界人口統計による証明。


1940年版の『ワールド・アルマナック』 (The World Almanac世界
データ事典) では、ユダヤ人世界総人口は15,319,359人であり、

1948年版『ワールド・アルマナック』では15,713,638人となっている。
ユダヤ人の世界人口で、戦前と戦後の数を比較したら明白ですね。

戦前(1940年) 15,319,359人
戦後(1948年) 15,713,638人

もしも、ナチスにより600万人が殺されたなら、戦後のユダヤ人の総人口は900万人台でなければならない。処が、戦後は逆に40万人も増加している。

ユダヤ人は大量には死んでいない。
拠って、ホロコーストはなかった。

ホロコーストとは、戦後、シオニストが捏造した神話。

アウシュビッツで大量に殺されたとされるユダヤ人の死者数は、3万数千人(?)
その大半は、疫病・餓死・連合軍による爆撃が原因。

大量に死んだとするならば、それは、非ユダヤポーランド人で、ナチスソ連軍により300万人殺された。その大半は、民間人である。

『捏造された歴史を叫び続ける醜態』 2012.01.18


アンネの日記は、ユダヤ国家(イスラエル)の建設(シオニズム運動)のための捏造書。アウシュヴィッツ等のユダヤ人処刑用ガス室は戦後に作られたもの。


アンネの日記」は少女アンネ・フランクが書いたものではなく、ユダヤアメリカ人作家メイヤー・レビン(男性)が創作した小説。小説だから当然内容もフィクションで実際には無かった。

依頼者は、アンネの父、ユダヤ系ドイツ人、オットー・ハインリヒ・フランク。
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尚、これは単なる小説であるということを証明する事態が発生していた。

作者メイヤーは「アンネの日記」が大ヒットするにつれ欲で最初にもらった原稿料5万ドルに飽き足らず、日記が生み出す利益の供与を主張するようになる。

版権は本来なら父のオットーに有るが、メイヤーが版権を主張したため、両者は対立。

醜い争いは裁判に発展し、メイヤーは自分が版権を持つことを主張するために自分がゴーストライターとしてアンネの日記を書いたことを暴露してしまう。

この裁判でのニューヨーク最高裁判所の判決の書類番号は「2241ー1956」であり、ニューヨークの地方事務所になければならない。

だが何故か、このファイルは現在紛失している。原因は不明。調査しようとすると何者かの圧力がかかり調査は続行不能となる。

1980年10月9日のニューヨーク・ポストには、エルンスト・ロエマーなる人物が「アンネの日記」は真実ではなく、フィクションである事を追及し続け、裁判に持ち込んだ記事が書かれている。

そして、二度目の裁判で彼の主張は正当であると認められたとのこと。注)それ以降の情報はない。

他方、アウシュヴィッツとマイダネクには青酸ガスを使った処刑用ガス室は無かった。ガス室の多くは戦後にわざわざ公に見せるために建設されたものでポーランド政府もこの事を認めている。

戦後に公開された多数のガス室の死体の写真や映画フィルムは、連合国軍による反ナチスプロパガンダとして特別に捏造されたもの。同様にありもしない南京虐殺の証拠と称する写真も、連合国軍により捏造されたもの。

つまり、ナチスによるユダヤ人600万人大虐殺も、日本軍による南京30万人大虐殺も無かったのであり、彼らにより、周到に捏造された架空大虐殺事といえる。

アンネの日記」はおっちゃんが書いた小説  2012/1/20(金)
http://blogs.yahoo.co.jp/minaseyori/61083536.html


ナチスに資金提供したのが、シオニストの米国ユダヤ国際金融資本家たち。ヒトラーは使命を果たした後、南米でブラジル人の恋人と95歳まで生きた。


ナチス政権とは、ユダヤロスチャイルド等のユダヤの国際金融資本が、ヒットラーというロスチャイルド男爵の直系の孫を使って作り上げたもので、その目的は、ユダヤ人国家イスラエルを創る為にあった。

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ユダヤロスチャイルド卿の孫、アヅルフ・ヒットラーは、イスラエル建国の使命を果たした後、南米で余生を送り20年前まで生きていた。

FBIの文書では1945年の晩夏から ヒトラーは西部のアルゼンチンのアンデス山脈のふもとにある牧場に住んでいたことが示唆された。別のFBI文書では1955年、数年前に南米でヒトラーを見ていたと主張した目撃者に言及している。

広島・長崎に投下された原爆の秘密②  2014/8/22(金)


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第二次世界大戦ユダヤ人国家『イスラエル』(1948年独立宣言)を創るための茶番劇だったので、それを隠すために歴史が捏造された。

ロスチャイルドを中心とするシオニスト達が1897年にスイアウのバーゼルで開いた第1回世界ユダヤ人会議での決議事項として「50年後には、民族の悲願だったユダヤ人国家を誕生させる」との誓いが為された。

そして「イスラエル建国の為の国家の誕生には必須の国家の3要素(領土・国民・政府)の内の最も困難な「国民」を創出させる為には、ヨーロッパ全土から無理やりユダヤ人(いわば「羊」)をかき集める必要があった。

「ドイツ民族を牧羊犬シェパード」に仕立て上げて、パレスチナの国土と狙いをつけた土地に「羊」を追い立て誘導する「牧羊犬」に育て上げる「調教師ヒトラーとその親衛隊ナチス」を作った。だから、ヒトラーに資金を提供したのは、ブッシュ大統領の祖父のプレスコット・ブッシュやジョージ・ウオーカーなどのシオニスト米国ユダヤ金融財閥であった。

捏造された歴史を叫び続ける醜態  2012/1/18(水)

(註)ヒトラーと同様、山本五十六も、戦時中、南方で死んだことになっているが、実はルーズヴェルト大統領と共謀した日本帝国海軍艦隊壊滅作戦の使命を終えた後、歴史から姿を消した。但し、戦後、多くの人が山本五十六と出会っている。

(参考)ヤコブ・モルガン(Jacob Morgan)著『山本五十六は生きていた― 誰がなぜ歴史の真相を歪曲したか』 [単行本]

大東亜戦争(太平洋戦争)は、日本国内にいた、海軍の山本五十六、米内光政、井上成美、陸軍参謀の辻政信瀬島龍三、服部卓四郎らが戦後の日本をアメリカの属国にするために、わざと拙劣な戦い方をした戦争であった」

広島・長崎に投下された原爆の秘密②  2014/8/22(金)