週刊ポストが述べる韓国


事情はともあれ世界諸国と仲良くする、或いはそれが正しい、或いは世界各國がそう思っていると思うのは恐らく世界でも日本人だけではなかろうか。

世界各國では、仲良くすることや平和が至上主義ではない。
寧ろそれが罪悪になるケースも多々ある。他国を許さない各国の事情がある。

その理由は各国によって異なるが、宗教であり文化であり民族の歴史であり民族性そのものである。或いは、時の治者によって国民が洗脳されたものもある。

先日、偶々週刊ポストでの韓国の記事を見つけたので、それを転載する。

その前に、私のブログ記事『日本人の心の甘さ』  2012/10/5(金) を読んだほうが理解が深まると思う。 


『日本人の心の甘さ』 より一部抜粋 

呉善花著「続・スカートの風」1991年三交社刊から >
第2章 恨を楽しむ人びと「韓国人の情緒と反日感情の実際」
 
(注)【恨】ハン 〔朝鮮語〕700年にも及ぶ中国属国時代の抑圧の中で、朝鮮の民衆の中に蓄積されてきた痛恨・悲哀・怒り・恨み・妬み・嫉み。
日本人が到底理解不能朝鮮民族の心。

①恨(ハン)をひとことで言うのは難しいけれども、結論から言えば、韓国人にとっては生きていることそのものが恨なのである。

自分のいまある生活を不幸と感じているとき、自分の運命が恨になることもある。
自分の願いが達成できないとき、自分の無能力が恨になることもある。

そこでは、恨の対象が具体的に何かということは、はっきりしていないのが特徴だ。

②私の日本語教室に通う韓国の女たちは、何人か集まると、好んで身の上話に花を咲かせる。そんなとき、あたかも「みじめ競争」のようなことが起こるのである。

 ある者が、「私はこんなに不幸な家庭に育った」と話す。すると、それを聞いている他の者が、「私なんかもっと不幸だった」と語りはじめる。また、もう万人が「そんなの不幸のうちに入らない」と話す・・・・。

③韓国人ホステスは相手の男をある程度気に入れば、自分が陥っている現在の不幸をしきりに話そうとする。

日本の男は、日本の女からそんな話を聞くことがほとんどないようだ。そこで男たちは、「この女は自分にだけほんとうのことを素直に語ってくれた」と感動し、その心持ちにほだされてゆくのである。

(注)この嘘の不遇物語を話すのは何も韓国ホステスや韓国女性だけではない。
ワンナイトラブを求めて、何度も渡韓する日本のおばちゃま族も、しっかりと韓国ホストにお涙頂戴の不遇物語を聞かされて心も身体も狂っているのである。

④外部から常に侵略を受けてきた民族だからそうなのか、韓国では、社会が安定することはかえって不安な情緒を醸成させることになってしまう。何かが、自分自身をみじめな状態に置きたがっているのだ。
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以下、週刊ポスト記事。

朝鮮民族の「恨」(ハン)は恨み辛みや不満を生きる力に転換した状態
 ※週刊ポスト2013年12月20・27日号   2013.12.10 07:00
 
20年以上前に遡る1991年、韓国と日本が歴史認識をめぐって法廷で争うという、現在を予見するような異色長篇小説が刊行された。

本誌で「逆説の日本史」を連載中の作家・井沢元彦氏が書いた『恨の法廷』である。井沢氏はこの作品で、韓国の反日の根底には、「恨」の感情があると喝破した。

隣国が戦後最悪ともいうべき「反日ムード」に冒された今、井沢氏が改めて「恨」(ハン)について解説する。

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 今年3月1日、日本統治下の1919年に起こった「三・一独立運動」を記念する式典で、韓国の朴槿恵大統領は「(日本と韓国の)加害者と被害者の立場は、千年の歴史が流れても変わらない」と述べた。

日本に対する恨みは永遠に続くと公言したわけである。尋常ならざる怨念に背筋が寒くなった日本人は多いであろう。

 だが、この感情は歴史的に韓国人、いや朝鮮民族全体に共通するもので、「恨千年」は決して大袈裟ではない。

たとえば、チョー・ヨンピルが歌ったことでも知られる「恨五百年」という韓国の代表的な民謡がある。

 高麗の武将・李成桂が高麗王朝を倒して李氏朝鮮(1392~1910年)を打ち立てたとき、高麗の遺臣が李成桂を恨んで歌った歌が元になっていると言われ、そこでは「恨五百年」という言葉が何度も繰り返される。

 私は20年以上前の1991年に『恨の法廷』という作品を刊行し、韓国人、朝鮮民族のメンタリティを解剖したが、今はそのとき以上に「恨」が噴出している。

「恨」とは「恨み辛みや不満を生きるエネルギーに転換した状態」のことで、朝鮮民族特有の精神構造である。

 確かに、ネガティブな感情が生きるエネルギーになることはあるが、そういう人間、民族や国家は、必要以上に攻撃的、非理性的になる。民族が団結するためにも、必ず憎悪の対象が必要になるからだ。

 逆にわれわれ日本人は、太古の昔から「恨み」という感情をケガレの一種、つまり排すべきものだと捉えてきた。

いつまでも恨みを抱き続けるのは悪いことで、いずれ水に流すべきものと考えられてきたのだ。だからこそ、日本人は和や協調性や思いやりを大切にするのである。    

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韓国の日本への執拗な謝罪要求は事大主義と小中華思想が理由
 ※週刊ポスト2013年12月20・27日号    2013.12.11 07:00

本誌で「逆説の日本史」を連載中の作家・井沢元彦氏は、20年以上前に遡る1991年、韓国と日本が歴史認識をめぐって法廷で争うという、現在を予見するような異色長篇小説を上梓した。

井沢氏はこの作品で、韓国の反日の根底には、「恨」の感情があると喝破したが、なぜそのような“文化”が生まれたのか? 井沢氏が解説する。

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「恨」(ハン)が朝鮮民族の特徴になったのは、民族の辛い歴史による。朝鮮半島の北側にはつねに中国という超大国が存在し、自分たちを隷属させようとしてきた。

そこで、676年に初めて朝鮮半島を統一した統一新羅が典型だが、国王は中国の皇帝の家臣という形を取って政治的に服従し、その代わり直接統治は免れて辛うじて国家と民族を保とうとした。

今、朝鮮民族の名前は中国人同様、漢字で書くと姓1文字、名2文字がほとんどだが、かつては複数文字の姓もあった。

統一新羅になったとき、生き延びるために中国に阿(おもね)る必要があり、中国式の名前に変えた。つまり「創氏改名」を行なったのだ。それは苦渋の選択であり、表面上は服従しつつも、内には屈辱が鬱積していった。

 そのように、歴史的に朝鮮民族にもっとも屈辱を与えてきたのは中国なのだが、韓国は、中国に対しては執拗に謝罪を要求したり、「恨千年」などと言って憎悪の感情を露わにしたりしない。日本に対する姿勢とは大きく異なる。その理由は、「事大主義」と「小中華思想」にある。

 事大主義とは大に事えること。朝鮮民族にとって「大」とはもちろん中国だ。自分との力の差は圧倒的なので、屈辱を受けても耐えざるを得ない。

その一方で、自らを中国に次ぐ文明国である「小中華」と自負し、より周辺に位置する日本などを夷狄(野蛮な国)と見下す小中華思想を抱いている。

その見下していた相手にもかかわらず、自分たちの上に立った日本に対しては、深い恨みを持ち続けるのである。 


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(参考)その他私のブログ記事の一部抜粋

『知らない歴史・消せない歴史』  2012/6/14(木)  

そもそも、中国の属邦の中でも朝鮮の地位は最も低く、下国のなかの下国であった。天朝の朝賀の席では、千官が赤色の礼服を着ていたのに対し、朝鮮の使臣だけは異色の丸首の衣である。

また、琉球の使臣は籠に乗って宮廷に入るのに対し、朝鮮の使臣は籠に乗ることを禁じられていたこと、「渓陰漫筆」に書かれている。
 
そして、李朝時代の臣民は琉球以下の扱いを受けたと嘆いている。
        「韓国は日本人が作った」 黄文雄 徳間書店


『嘘共和国とは?』  2012/3/4(日) 

私が言っているのではありません。
韓国の新聞二紙 が、韓国は『嘘共和国』と書いているのです。
更に、民事裁判は「嘘の競演場」だと言っているのですよ。