大仏さん開眼は何故差別?


民主党公明党日本維新の会(橋下)、自民党の一部(石破幹事長他)が推進している『人権擁護法案』が成立したらどうなるか?

その具体例として、今回、まさに選挙事務所での『だるま目入れ』は差別であると抗議されましたね。そして即座に同調した民主党。信じられませんね。

この人権擁護法案法案が成立したら、当選してだるまに眼を入れた議員は即座に家宅捜査を受けますね。
同じく『大仏さんの開眼式』を挙行しましたら、住職が家宅捜査を浴びます。

他方、『だるま』や『こけし』を持っているだけで家宅捜査を受けることになります。
手足が無いから差別だ!人権を無視している!ということで。

辞書からは、『手』『足』『目』などを使ったことわざや慣用句は消えることになります。
尚、『あしからず』はこの対象外ですよ。念のため。 *1 

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《『人権擁護法案』に関しては以前の私のブログ記事参照》
人権救済法案とは、一言で言えば、『日本人奴隷化法案』
日本人の人権を抹殺する人権救済法案とは
人権救済法案の人権侵害とは何か? 誰か分かりますか?
信じられない事がこの選挙期間中に起きていたのです。

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以下、その記事。



【だるまの目入れは差別か 選挙事務所からだるま撤去も】
アメーバニュース 12月10日15時27分

12月16日投開票の衆院選がいよいよ中盤~後半となったが、テレビやラジオの政見放送掲示板へのポスター貼り、駅前での辻立ち演説、選挙カーでの名前連呼などが実を結び、当選した時に行われるのが、万歳三唱とだるまへの目入れ。しかし、このだるまの目入れが減りつつあることをご存知だろうか。(中略)

 しかし、2003年の春の統一地方選時に、視覚障害者団体から「ダルマに目を入れて選挙の勝利を祝う風習は、両目があって完全、という偏見意識を育てることにつながりかねない」(民主党HPより)という要請が入り、にわかに問題化。

 それ以来選挙事務所にダルマを置く従来の選挙戦スタイルが急速に変化し、だるまの目入れを“してしまった”某参議院議員のHPには、今も「当選後にダルマの目入れを行いました。目の不自由な方への配慮が足らなかったと反省しています」(一部抜粋・改変)といった文言が残されている。中略)

12月9日付の毎日新聞は、兵庫県内で出馬した50人の選挙事務所を調べた結果として「ダルマを用意する陣営は1桁程度。『障害者に不快感を与えかねない』などと控える陣営が増えているようだ」と報告している。

 国民の注目が集まる今回の総選挙だが、12月16日には、選挙速報でだるまに目を入れる光景にお目にかかれるのか?


《以下、コメント欄より抜粋》

これって実際に片目しかないとか見えないとか、そういう人からのクレームなんかな?それなら仕方ないのかも。。 でも逆に差別感高まってる気がするわー

クレーム入れた人は、盲目のだるまさんを晴眼者にしてあげてると見ることは出来ないのかな。私は右半身不随だけど「君は私の右腕だ」と言われても差別とは思わないけどね

じゃコケシに足つけろ

律宗の開祖、鑑真和上が奈良の大仏さん盧舎那仏の開眼を行う為に遠路はるばる唐から渡ってきた。。。難しいですね 禅宗の開祖 達磨祖師よ。

確かに、そう言うのってデリケートな問題なんだと思う。けどさ、それを1つ1つ取り上げてる側が逆に、差別の種類を増やし、大きくしてないか(_ _;)な?

ならば達磨の存在提議を無視否定した達磨差別じゃね?人が願掛けして達成した時に開眼するって意味と開眼=開運祈願とか人の思いすら否定するのって変な話…何でも差別かよ

そんなこと言い出したらキリがない。やってる人はそんなこと思ってもいないはずだし、日本の伝統は守られるべき。

くっだらない どこの障害者団体だよ こういう団体はそろそろ批判にさらされるべき 何でもかんでも人権を盾にすればいいと思ってんじゃねーぞ

こういう障害者団体は大嫌いだ。僕も片耳がぜんぜん聞こえないし、右目はほとんど見えないが、こんな馬鹿なこと言う団体は障害者差別より悪い!

こういう事言いだすと、大仏の開眼式とかもできませんね。

難癖だな。これも弱者の傲慢さという奴だ。ならば万歳三唱は四肢欠損障害者への冒涜か?声帯を無くした人への侮辱か?しまいには名前を書く選挙制度自体差別と言い出すぞ?

目の見えない人が目入れの映像を「見て」「不快と感じる」ことができるのか?騒いでる人は「見える」人で、「見えない人」の気持ちなんか分んないんだろうな

差別利権美味しいれす。

ま、まっとうな障害者の方ではなく、利権でもの言う団体が言ってるだけでしょ。この団体を調べれば判るはずだから調べてみよう。

達磨大師少林寺での面壁九年の後、慧可断臂にて括目の話を考えれば、障害者差別とは何ら関係がないことがわかるはずだが。

大黒様はデブの人に失礼。キン骨マンは飢えてる人に失礼。河童は頭の薄い人に失礼。白雪姫の小人も小人症の人に失礼。ガリバー旅行記も巨人症に人に失礼。拇印は乙たk(略

つーか、「だるま」自体。。手足がない人に対して…、、、(汗)

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2.この記事を読んだ多くの方々の感想は、「考えすぎ」「そんな意図はないはず」。たしかに、だるまに目を入れるという風習が差別や偏見に当たってしまうというのなら、世の中の多くのことがグレーゾーンになる。最近では、「ブラインドタッチ」「目が節穴」という言葉さえ使ってはならないのだとか

3.これを視覚障害ではなく、身体障害にあてはめると、えらいことになる。「手を焼く」「手に負えない」「足を運ぶ」「足並みをそろえる」――手や足を使った慣用句は、枚挙にいとまがない。手足のない僕が、これらの言葉を「差別だ」と騒ぎたてたなら、こうした表現も使えないということになる。

4.障害だけではない。美肌を良しとする風潮を、アトピー患者の方が「偏見を助長する」と主張する。モデル=高身長という概念は「差別だ」と低身長の人が訴える。現時点でそんな話を聞いたことはないが、これだって「だるまに目を入れる」のと大差はないように思う。正直、言いだしたら、キリがない。


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日本人は、騒がれると直ぐに同調してしまう。
ことの善悪を考えずに。


*1:w(´▽`)w