人が私の為に動いてくれたから今日の私がある

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青葉部長(仮称)が、私を嫌った原因は恐らく三つ。
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一つ目は、私は彼より遙かに背が高く、彼の気にする薄毛の頭を見下ろすこと。
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二つ目は、常に本を読んでいたこと。営業マンに本は無用と言うのが当時の彼の持論でしたからね。
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三つ目が、囲碁を打つ事によるある種の呼吸が、打たない者と違う点ですね。


換言すれば、囲碁を打つ人と打たない人との違いは、客観性と主観性でしょうね。

囲碁での思考回路では、一瞬にして物事の全体をイメージし、それを基調として個別思考に入ります。反して打たない人の思考回路は、将棋の様な一点突破ですね。

故に、囲碁を打たない人にとり、一瞬の間合いのある囲碁を打つ人が、自分より大きな器に見えます。それが部下なら腹立たしいでしょう。全員がそうだとは言いませんが。


私の履歴書・201

1984年(昭和59年)

南東商事㈱事務所で時々お会いする社長夫人は、背の小さめな方でした。
いつも笑顔の絶えない方で、優しい眼差しでした。

この社長夫人との四方山話しの中で、夫人の実兄がカネボウ食品㈱の元営業部長だと言うのです。注)カネボウ食品㈱は現在は無い。

実兄はカネボウ食品㈱を定年退職。後、カネボウ食品の製品を販売する会社を自分で創立。その社長を夫人は紹介すると言うのです。

早速、夫人に連絡してもらい、その会社・ベルミー大阪㈱(仮称)の事務所を訪問。実兄の桜井社長(仮称)と面談しました。

実妹の南東社長夫人と違って、背の高い恰幅(かっぷく)のある人。
流石、戦前はNo.1企業・鐘紡の子会社・カネボウ食品㈱の元部長。

桜井社長は、私の取り扱い品目と業務内容をじっと聴いていました。
そして言いました。「水無瀬君、ワシが一肌脱ごう!」

つまり、カネボウ食品㈱との取引口座を開いてあげるというのです。
一般的に取引口座を開くには、多大な努力を要する事。

取引口座を開くと言う事は、カネボウ食品㈱が毎年購入する機器3,000台のうちの一部を我社から買ってもらえる可能性があると言う事なのです。

手始めに、桜井社長がカネボウ食品㈱東京本社に行った際、一杯やる居酒屋代。桜井社長と当時の営業部長と業務部長との三人分。

そこで、桜井社長の要望額(二万円)の接待稟議書を書きました。
寺前課長経由、青葉部長に稟議書が回った時に、青葉部長に呼ばれました。

「水無瀬君、君はこんな無意味な金を使うのか?」
「いやいや、そんな事にはならないですよ。新年度予算三千台の話ですから」

「水無瀬君、カネボウ食品と言うと、ライバルのF社の牙城だよ。そこに君が入り込める訳は無いだろうに」
「部長、そう仰いますが、桜井社長は、カネボウ食品の元営業部長です」


「水無瀬君、君なぁ~、一旦退職した男にそんなに力は無いよ」
「それは部長の見解ですね。南東商事㈱社長夫人の実兄ですから、他人を騙すような人間ではありません」

青葉部長は、傍にいる寺前課長にブツブツ言いながら稟議書に決裁印を押しました。
その印影は、真横90度に傾けられて。


11月の事ですね。

「水無瀬君、いよいよ勝負の時が来ましたよ」と桜井社長。
カネボウ食品㈱東京本社での新年度予算編成が大詰めとの事。

「どうするかね? 私が君の件で東京に行くとしたら12月10日頃だよ」
「是非お願いします」

「それなら、私の伊丹(大阪)空港から羽田空港までの飛行機代と居酒屋代を出してくれ。私も忙しいから新幹線では間に合わないのだよ。」
「全額出させてもらいますから、是非お願いします」

当時、伊丹⇔羽田の往復飛行機代は確か8万円前後。
これにタクシー代等の交通費と居酒屋代で4万円。合計12万円。

早速、12万円の接待稟議書を書きました。
再度、青葉部長に呼ばれ、がなり立てられました。 
しっかりと大声で、他の部署の連中にも聞こえるように。

「水無瀬君、君なぁ~、出来もしない事に金を使ってどうするんだ!」
更に 「会社の金をいい加減な事に使うなんて!」
周囲の他の部署の連中は、避けるような横目で私を見つめました。

寺前課長が真っ赤になって叫びました。
「何を仰るのですか、青葉部長! 私の責任で水無瀬係長のこの稟議書を通させてもらいます。もしも、上手くいかなかったら、私がこの12万円を払います!」

青葉部長は、予期せぬ反撃に遭い、彼の顔も真っ赤。渋々、接待稟議書に判を押しました。決裁印影は180度逆さま。この稟議書には反対で責任を持たないと言う意思表示。


年が明けて1985年二月の或る日の朝。

この日、本社では、全国支所長・課長会議。
この時は170名ほどでした。

10時スタートですので、出社してからバタバタしていました。私もこの会議の演壇で、我等の部署の新年度予算と部署の方針を発表しなければなりません。

9時半頃でした。
桜井社長から電話。
部下の吉本君が受話器を取りました。

こんな忙しい時に。もう会場に入らなければならない時刻。
「お昼に電話をし直すからそう伝えて」
「水無瀬係長、何か緊急のようですよ」

電話を代わりました。
「もしもし、代わりました。水無瀬ですが?」
「水無瀬君、桜井だよ。吉報だよ! 吉報!」

「吉報と言いますと?」
カネボウの新年度予算に、君の会社の枠がとれたのだよ!」
「わぁ~~! 取引口座が開設出来たのですね! 有難う御座います!」

「それだけではないよ」
「それだけではないと申しますと?」

「3,000台全部は無理だったが、新年度の1,000台を君の会社から購入する事になったのだよ」
「1,000台と言うと、3億5千万円!!何とぉ~~!」
「今回は1,000台だけだったが、次の年は2,000台はいけるかも」

電話を切り、早速、傍の寺前課長に報告。
「やったね!」
「やりましたね!」
部下達も賞賛の声をかけてくれます。

この騒ぎをよそ目に、会議場に出かけようと席を立った青葉部長。
私は青葉部長に向かって、諸手を挙げて、そして絶叫!

「ばんざぁ~~い! ばんざぁ~~い! ばんざぁ~~~い!」

事務所内で万歳三唱したのは、初めてでした。

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