1977年香港のホテルでわめく女性達

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1977年4月のこと。
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香港の夜、高層アパート17階で40人前後の浅黒い男達に二重に取り巻かれた私。
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必死の握手作戦でピンチを凌いだものの、次のシナリオが見えない。

私の履歴書・141
ようやく、エレバーターが一階に着きました。これから何処かに連れ去られるかも。
不思議な事に、エレベーターに同乗した男達は皆別の方向に行きます。

今のうちにこの場を去らなくては。高層アパートの前に立ちますと、何故かタクシーが横付け。
待っていたのでしょうね。

女性も乗車して来ました。
処が私は、自分の行き先が分からない。 ホテルの名前を思い出せない。

運転手に三つのホテルの名前を言ってもらいました。
その内のひとつが何とか聞いた事のある名前。 そこに取り敢えず向かいました。

再度、山の中の真っ暗な道路へ。
灯りは乗車しているタクシーのヘッドライトだけ。対向車は皆無。

暫らく、薮からチラリと香港の街の灯りが垣間見えた時、あ~、これで大丈夫。
車は、その灯りを遠く右に見ながら暗い夜道を直進。


イメージ 2私「How much is the taxi fee?」
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運転手と女性の会話は中国語。
抑揚あるアクセント。異様な雰囲気。
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何を言っているのか分からない。

女性「ゴシェン円! ゴシェン円!」(五千円)
運転手「ゴシェン円! ゴシェン円!」

私は、そっと右足の靴下に挟んでいる最後の札五千円一枚を運転手に渡しました。
やがてタクシーは山を下り、明るい街を右に大きく曲がりました。

そしてそれらしきホテルの正面へ。 フロントでコーヒーツアーの宿泊ホテルである事を確認。
ホテルの部屋の鍵を受け取ってエレベーターに乗るも、その女性とタクシーの運転手も乗って来ました。

大声でつばを飛ばしながら「マネー! マネー!」
「I have no money!」

どうやら、私の部屋を探すと言っている。
このまま収まる雰囲気ではない。 半端な剣幕ではない。

部屋の中まで付いて来ました。
ドアではタクシー運転手が見張っています。

そして私の旅行ケースを見つけるや否や女性は、紅潮しながら私の旅行ケースの中をまさぐりました。
でも、目指すお金らしきものは見つかりません。

遂にカバンを引っくり返して中の物を全部フロアに吐き出しました。
散乱した下着等の中から一つ一つ砂の中に落とした指輪を探すように。

何も見つかりません。
次は身体検査。

「There is no money.」 やはり何も無し。
「何故見つからないのだ!」と言わんばかりに青ざめ震えながら絶叫!

私はベッドに横たわり、知らん顔を決め込みました。
「もう好きなようにして頂戴!」それしかしょうがないのです。

ようやく静かになったと思いましたら、洋ちゃんが帰って来ました。
「あれっ?洋ちゃん、どうした?」
「例のアパートの廊下で水無瀬さんの大声が聞こえたものだから、ドアを開けて見ていたよ」

「??? と言うことは、別々のタクシーに乗っても行く先は同じ所だったのか? で、もう一人は?」
「彼も同じ所さ。」

「それにしても、いやに早いじゃないか」
「水無瀬さんの後、直ぐに僕らも帰って来たの」

洋ちゃんに付いていた女性も、洋ちゃんの旅行カバンを引っくり返しています。
「幾ら探しても何も出て来ないさ!」と顔面蒼白の洋ちゃん。

隣の部屋でも女性の叫ぶ声。
「あの声は?」
「彼の部屋だよ。同じ様に旅行カバンを引っくり返しているのかも」

諦めたのか疲れたのか、三人の女性は寄り添って放心状態。
テーブルの上には、私のあり金の数百円の小銭が散らばっています。

「帰れ! Return early !」

女性三人とタクシー運転手の三人の計六人は、何故かすんなりと部屋を出て行きました。
こんなはずはない。こりゃ、もうひと波乱ありそう!

嵐の後の静けさ。と言うよりも、嵐の前の静けさ。
いよいよ香港マフィアがドアを蹴破って来るかも。

暫し沈黙。

1時間程経過。ドアの外では物音一つしないので、徐々に生気を取り戻しました。

「もうあれでオシマイのようだ。ほっとした!」
「水無瀬さん、すまん!すまん! まさかこうなるとは!」

「洋ちゃん、東京で外人バーに行ったことあるの?」
「水無瀬さん、お恥ずかしい話。実はバーと称する所に行った事が無い!」

「洋ちゃん、そういえば酒飲まんから行かないもんな」
「それにしても水無瀬さんの奥さんに悪くて、悪くて」

「うちは土産を買って帰らないことにしているから心配ないよ」
「これ、貰ってくれる?」

そう言って洋ちゃんは、金の漢字ペンダントネックレスを持って来ました。
500円硬貨程の大きさの漢字で一文字。それにきへいチェーン。四千円したのだそうです。

文字は壽と韓のくっ付いたような漢字。
意味は仕合せを呼ぶと言う事だそうです。

「これ、洋ちゃんの奥さんに買ったものでしょう?」
「そうなんだけど、もう一つ買ったから」

「洋ちゃんの奥さんに悪いよ! いらないよ!」
「水無瀬さん、お願い!お願い! 是非これを貰ってくれる? そうでないと帰国してから水無瀬さんの奥さんの顔をまともに見られないよ!」

両手を合わせて何度も懇願する洋ちゃん。
貰う事にしました。

それから、まんじりともせずベットに横たわりました。
天井を見ながら二人でこの日の悔やみ事をポツリポツ。

いつの間にかそのまま眠っていました。
疲れましたからね。