御茶ノ水橋口交差点で転倒

私の履歴書・58

イメージ 1《これが天命といえども》
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本能的に身体をひねろうとする。もう遅い。
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右ひじが一瞬早くアスファルトに着く。
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ドォ~~ンと仰向けに落下。


一瞬、灰色の世界。
誰かの大きな声で我に帰る。大の字の私。

視界には、東京の、青い、青い、空。
その視界の周囲に、人の顔。顔が重なる。

「大丈夫か?」
「血が頭から!」

寝ながら後頭部に手を当ててみる。
こぶが出来ている。生温い。何故? 
その手を目の前に戻してみる。手に鮮血。

「救急車呼ぶよ!」
あわてる。
「待ってくれェ~! これから受験なんだ!」

手に持っていた袋が無い。
「鉛筆は?鉛筆は?」
鉛筆がなければ解答を書けない。

さあ~っと輪が崩れる。
皆、散らばっている筆記用具を探してくれる。

回収出来たのは、鉛筆二本とシャープペンシルと消しゴム。それに筆箱。紙袋。
鉛筆五本と削りは道路の向こうに飛んだようだ。

起き上がり気が付く。足元のアスファルトに手の平程の円錐形の鋲(びょう)。
真鋳(しんちゅう)で金色に鈍く光る。歩道と車道の境界用に打ち込んだもの。

そこに誰かが打ち水をしたのだ。駅員か?
その濡れた鋲を、踏んだのだ。前のめりになった私の全体重をかけた右足で。

ハンカチを後頭部にあてる。
間も無く血は止まるはず。頭部の血管は縦に走っているはず。

受験に向かうこの所で滑った!!苦笑。これが運命か。




交差点を渡ったら、あとは目をつむっていても行ける。試験会場は日大理工学部校舎。
高校三年の時、一ヶ月弱、夏期講習で通った駿台予備校(現、駿台外語総合学院)の隣。


着席し、鈍痛に気が付いて右手のシャツをめくってみる。
まだらの内出血。腫れている。骨が痛む。

試験が始まる。右手で思うように字が書けない。
後頭部の血は止まっている。



二日間の試験は終わる。

帰路、御茶ノ水橋のたもと、東京医科歯科大学の白い校舎を無念の思いで見上げる。
せめて、歯科医になったら、あの人を仕合せに出来るのに。



奇跡は起きず。