春夏秋冬 光る蛍
私の履歴書⑯ |
〈新札の怪〉
父のある月の給料日の夜、父にお菓子を買って来るように言われました。父から100円札一枚を受け取り、夜道を駆け抜けたものの、何しろ私にとっては大金。
父のある月の給料日の夜、父にお菓子を買って来るように言われました。父から100円札一枚を受け取り、夜道を駆け抜けたものの、何しろ私にとっては大金。
近辺にたった一つしかない街灯の下で立ち止まり、初めて見るピン札を繁々と見ました。そして偶々右手の指に挟んでこねてみたのです。
突然、一枚の紙が割れ出したのです。ぺラッとめくったら、一枚が二枚になったのです。まさか。更に、この二枚、どうも厚さが違います。厚い方をこねたら再度、めくれたのです。つまり、百円が三百円になったのです。
「こりゃ、親父に言わなきゃ!」と一旦引き返そうとしましたが、面倒です。そのまま、走って店に行き、お菓子を買いました。百円札を渡した時に、ひょっとして残りの二枚も渡すように言われはしないかとひやひや。だが、店主はにこにこして、お釣りをくれました。
店を出て、一目散、逃げるように走って先程の街灯で再度立ち止まりました。「夢か?」だが、私のポケットには、お釣りと、更に新札二枚が残ったまま。
「どうしようか?」。父に正直に言うべきか、それとも、ポケットに入れたままにすべきか。ともかく家に向かって歩き出しましたものの、結論が出ないうちに、家に着いてしまいました。
そして、囲炉裏端に座っている父に、お菓子と釣銭のみを、恐る恐る差し出しました。「あなた達、食べなさい」と父は言うだけです。次の言葉を待ちました。だが、何もありません。
翌日から、一日経つ毎に、不安は消えてゆき、喜びが高まってゆきました。そして、数日後一人で万歳!をしました。もう大丈夫!
そうなったら、百円札二枚を握って、欲しかった単三・二本入りのペンシル型懐中電灯を買いに走りました。以後、夜、これを点けるのが嬉しくて嬉しくて、毎日、夜を待ちましたね。
特に、寝る時、布団の中にもぐりこんで、カチッ!カチッ!とひねって点滅させる喜び。
真夏の一時期のみ光る蛍が、年中、私の布団の中で光るのですからね。
真夏の一時期のみ光る蛍が、年中、私の布団の中で光るのですからね。